頭に曲が浮かんでいるというのに、全くと言っていいほど形にできない。そんな時は私はいつも隣の部屋を訪れる。コンコン、とノックをすれば溜息まじりの彼が出てきて「またですか」の一言。だけどその一言に安心して私は彼の部屋へとどんどん足を踏み入れていく。

部屋は整頓されていてとても綺麗だった。私はお気に入り定位置であるソファーに腰掛けてゆっくりと息を吐いた。すると彼は仕方ないですね、という顔をしながら私の元へやってきた。


「いつものアレでいいですか?」


彼がそう尋ねてきたので私が頷くとまた彼の溜息。でも私はそんなことは気にせずに思いっきり伸びをする。ずっと椅子に座って作業をしているものだから、こうしてたまに伸びをするとこの上なく気持ちいい。と、彼が戻ってきた。テーブルにマグカップが二つ置かれる。そう、これだ。トキヤの淹れてくれるハーブティー。甘い香りがふんわりと漂う。私はその匂いを堪能しながらマグカップを両手で包み込む。それを口に運べば、心から温まって心地よく幸せな気持ちになれる。


「美味しい」

「そうですか、良かったです」


彼はそう言って同じようにハーブティーを口に含んだ。彼も今日は早めに撮影が終わったようで、珍しく部屋着だ。こんなラフな彼は滅多に見ないため、すごく新鮮だ。なんて見蕩れていると彼は「なんですか」と怪訝そうに尋ねてくる。私はすかさず「なんでもない」と言ってもう一度ハーブティーを口に含んだ。


数十分、お互いの仕事の話などをしながら夜のお茶会は続いた。しかしもう時間だ。いつもこの時間は数十分程度と決まっていて、大体そのくらいの時間になると私は帰るようにしている。私はソファーから立ち上がりマグカップをキッチンに持っていく。すると、いつもはついてこない彼が今日はついてくる。そして何か言いたげな視線でこちらを見つめてくる。私が首を傾げると彼はこちらへ近づいてきて小さな声で言った。



、私、明日の仕事は午後からなんです」

「うん?」


彼の言いたいことが察せなくて、私は固まったままだった。すると彼は怪訝そうな顔をしつつも、少し頬を紅く染めながら消えそうな声で呟くように言った。





「もう一杯、飲んで行きませんか?」







そう言った彼は本当に今まで見たことが無いくらい真っ赤で。今までそんなに可愛らしい表情を見せてもらえなかったから少し驚いた。けれど、それよりもそう言ってくれたことが嬉しくて、私は笑顔で大きく頷いた。



「おかわり、ください」

眠れぬ夜のハーブティー




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120306