営業時間までもう少し。私は今日お客様に出す予定のカフェオレを試しに作っていた。その匂いに誘われてか、馨は私の隣に来て、香りを楽しんでいるようだった。


「んー、今日のもいい感じだね」

「父がお土産で買ってきてくれたものなの」

「味見、してもいい?」


私の返答を聞く前に彼はカップを手に取り口に含んだ。私は小さく「もう」と呟く。すると彼はいたずらっぽく笑って見せた。

ホスト部のお茶とお菓子選びは私の仕事。私は営業時間前にこの仕事を済ませて颯爽と退散しなくてはならない。女子生徒に見つかってしまえばどんなことになるかわからないからだ。意外とハードな仕事だが、やりがいは感じている。私は時計に目をやりながら馨をちらりと見た。美味しそうにカフェオレを楽しんでいる。

「・・・そろそろ時間だから、私戻らないと」

私がそう言うと馨は少し不満げに私を見た。・・・そんな顔をされても。私はティーセットをセッティングして後片付けを始めた。が、馨はカフェオレの入ったカップを持ったままその場を動かない。私は不思議に思いながらそれを見つつ、準備室へと荷物を運ぼうとティーセットの入った箱に手をかけた。すると彼は私の手をぐいっと引いた。至近距離で目が合う。私は鼓動が早くなるのを感じた。彼は私の戸惑いを隠せない表情を見て少し笑ったかと思うと軽く口付けてきた。カフェオレの微かな甘みが唇を伝う。


「いつもありがとね。美味しいよ」


馨はそれだけ言うと私の背中をトン、と押した。私はそのまま準備室の方へと向かった。そしてドアの前まで行って彼を振り返ると彼は再びカフェオレを口に含みながらこちらに手を振ってくれた。



カフェオレの湯気の向こう


------------------------------
120405