花びら舞い踊る季節に
「なんでいきなり日本へ帰れなんですか!?」
「いや、だから君の才能は大人になってでも」
「それじゃあ、また未練が残ります」
「いや、今の君は楽しい事をいっぱい我慢している」
「そんなこと・・・」
「少なくとも僕にはそう見える。だから行っておいで」
「!」
「!?」
ぼーっとしてた。我に返って一瞬何処かわからなかったけれど、ここは桜蘭学院へ行く途中の並木道。周りを見回すと、いろんなことを思い出す。友達ができるか不安だったあの日、中学生になって情緒不安定になったあの日。そして、環先輩の車に乗せてもらい、車窓からみたこの桜。今、皆はどうしているのかなあ?大好きだった友達も、ホスト部の部員も元気でやっているだろうか。
「まったく、ボーっとしてないでよね。あんた今日理事長に会うんだよ?」
「わかってるよ。でもなんでお姉ちゃんなの?」
「あー・・・はは、お母さんは忙しいからさ」
ごまかしたかのように言う姉に不信感を抱かざるを得なかった。私はもう一度桜を見上げた。
ほっとするピンク色の桜。
「ねぇ、」
「何?」
「あいつら、いい子にしてるかなあ?」
「なんでお姉ちゃんはいっつも光と馨のことばっかり聞くの?」
「いや、だってねぇ?」
もう一度ごまかしている表情を見せる姉。私は溜息をついて見えてくる学校の時計台を仰いだ。ここから、また私の生活が始まる。
「ま、ならどっち選んでも困らないでしょ」
「は?だから何言っ「こっちの話」
ルンルンと上機嫌に駆ける姉に私は仕方なくついていくしかなかった。
うん、私の胸、今すっごくドキドキしてる。
「理事長、さんがいらっしゃいました」
「おお、よくぞお帰りになられた」
環先輩のお父さんだ・・・そう感心しながら私は彼を見た。いつもなら「理事長」という枠でしか見ていなかった彼だが今じゃそれ以上に近い感じがした。彼の手が私の前に差し出された。それを迷う事無く握り返すと理事長はにっこりと笑った。
「君はバイオリンを小さいころから習っていて、それをしっかりと学ぶために留学した。向こうはどうだったかね?収穫は大きかったか?」
「・・・え?」
理事長の目が姉に向かう。姉は私の目線も気にしながら小さく頷いた。そして理事長が私の方へ向きなおすと私に向かって謝りのポーズをした。
「あ・・・はい・・・」
そう、モデルをやっていることは最大の秘密。これがばれてしまったら大騒動になってしまうらしいので今はひっそりと隠している。中でも理事長にばれるとこの学院にいられなくなってしまうとか。きっと留学する前に両親が「音楽を学ばせるため」とでも留学申請書に書いたのだろう。
「うむうむ、そうか。学んだ成果、見せてもらいたいところだなあ」
「ま、また今度いつか・・・」
「いや、確か今日は第3音楽室があいているはずだったね」
「で、でも今日は何も持ってきてないので・・・」
私がひっそりと姉に目線をやる。姉は小さく敬礼をしてドアから静かに出て行った。何!?置いていく気・・・?!
「ならば仕方あるまいな。また今度の機会にでも聞かせてくれたまえ」
「はい・・・」
ほっと一息をつく。なんとか逃げ切れた。とりあえず、モデルをやり続けている以上、理事長と会った時はこのバイオリンを習っているという設定を忘れないでおかなくてはならないと肝に銘じておく必要があるようだ。
「いや、しかし・・・環と友達なら連絡をすればそっちへ向かわせてやったのに」
「いえ・・・」
理事長がドアの方へ歩いた。私はおそるおそるついていった。すると理事長は振り返って私に笑いかけた。
「さ、自由に見ておいで。懐かしさを感じるのも重要だ」
顔が明るくなったのが自分でも分かった。
ホスト部は・・・ホスト部は・・・
向かう先はやっぱり其処だった。一番、思い出が残っているあの場所。だけど、今日は祝日。ホスト部は営業しているのだろうか。
そうこうしているうちに、部室の前までやって来てしまった。やっぱり、お休みかなあ?そう思って帰ろうと向きを変えた。だけど、耳に微かに触れる音が聞こえた。何だろう?そう思ってゆっくりとドアノブを引く。
「あ・・・」
ピアノの音だ。そういえば、聞いた事がある。環先輩は、ピアノが得意だとか。そーっと隙間から覗くとやっぱり。環先輩が穏やかな顔でピアノを弾いていた。と、その時、足元に合った置物にコツっと足があたった。その音に気づいてか、環先輩の演奏が止まった。多分、向こうからは足が見えるか見えないくらい。
「お客様です・・・か?」
「・・・・・」
ここまで来て感動がこみ上げてきたのか私は口を押さえるしかなかった。涙も溢れてきそうだ。どうしよう・・・
「申し訳ございません。本日は部のミーティングのみでして・・・」
「・・・・っ・・・・」
「あ、でも俺でよければお相手しますよ?鏡夜には内緒で」
知っている単語がたくさん出てきた。私はもうその場に座り込みそうだった。
「いらっしゃいませんか・・・?こちらへ」
行きたいけど足が震えている。私は思いっきりドアノブを開けようとおそるおそる手をかけた。
「「殿ー!庶民ラーメンハルヒが買ってくれなかったよー!」」
「だから、あんなの買っていったって自分が嫌な気分になるし大体、あれは体に悪・・・あれ?」
「誰?お客さんー?」
「悪いねー今日はミーティングだか・・・」
聞き覚えがあった。私はゆっくりと振り返った。まるで、今までの出来事に巻き戻しするように。
するとほら、やっぱり見覚えのある顔だ。
私は大きく目を見開いた。
「「・・・?」」
「さん?!」
「・・・・光・・・馨・・・藤岡君?」
次の瞬間ものすごい勢いで光と馨が走ってきた。びっくりして止まっていると、2人は私を思いっきり抱きしめてきた。バランスを崩して倒れそうになる。そしてその拍子にホスト部のドアが開いてそのまま倒れる。
「お、おい!何事だ?」
環先輩が駆け寄ってくるのがさかさまだけど見えた。私は腰の痛みと感動で目から涙が伝っていた。
「・・・マジで?だよね」
「いきなり帰ってくんな、バーカ」
「ちょっと、2人ともくるしいってば・・・」
起きあがろうとしても離してくれない二人。私は起き上がるにも起き上がれなかった。でも、私もこんなに強く、(痛いけど)抱きしめて貰えて嬉しかった。2人に腕を回す。そして涙が止まらなかった。もう、周りの音なんて聞こえないくらいに。
「さんなんですか?わ!お帰りなさい」
藤岡君に顔を覗きこまれる。私は涙を流しながらも笑顔で藤岡君に頷きかけた。
「っていうか、常陸院ブラザース!姫にくっつきすぎだ!」
「「五月蝿い、今のムード読めないの?」」
「ムードなんて関係なーい!お前ら、そんな不埒な事・・・!」
「不埒とか言ってる先輩が一番やらしいですよ」
「なんとー!?ハルヒ、お前をそんな子に育てた覚えはないぞ!」
「いや、実の父じゃないですから先輩は」
とにかく、いつも通りのホスト部だ。
「あれ?鏡夜先輩とモリ先輩とハニー先輩は?」
私が聞いても誰もそれを聞いてはいなかった。光も馨も環先輩も、そしてあの藤岡君さえも。
ストロベリーキャンドル
(ほら、始まりが歌を歌った)
----------------------------
120228