もっと、内側に






















営業して約一時間が経っただろう。私は二人に貰ったカタログを閉じて時計を見た。時計はいつも通りゆったりと動いている。私は溜息をついて耳を部室へと傾ける。聞こえてくるのは、部員の笑い声や女子の歓声。歓声が聞こえるときは大抵双子だと思った。そして、やはりハニー先輩の声はよく通る。聞こえてくる内容はお菓子の話が大半だけど。私は思わず笑いそうになったが声を殺した。


もう一度、カタログを開く。2人とのお約束は大体目を通した。その内容は今までの事を全て振り返るかのようなものだった。「喧嘩はしない」「毎日一緒に帰る」「悩みは打ち明ける」など、たまに、「僕らの悪戯をちゃんと悪戯として引っかかる」とかいうものなど、変な項目もあったけれど、それなりに2人が考えていることが分かった気がした。私は正直、最初からこんな風に日常を取り戻せるとは思っていなかった。それは、いろんな衝突を繰り返していたからだった。結局私からいつもごめんね、なんて可愛い言葉は言えないで、光や馨がいつも通りの接し方で私に対応してくるからそれに合わせて自然と仲直り、だ。それが今でも気に食わない。なんて自分は弱いんだろうって。そう思うと、先程笑いそうになって声を殺したのとは逆に泣きそうで嗚咽が漏れるのを堪えるために声を殺さなきゃいけなくなってしまった。私は口元を押さえてカタログを閉じた。涙がカタログの表紙を濡らす。斑点ができた場所だけ文字が大きく見える。




「本当・・・私って自分勝手だ」





小さく呟いた。どうにもならないのに。と、その時ドアがガチャっと開く音がした。私ははっとして袖で涙を急いで拭う。コツコツとこちらへ向かってくる靴の音がだんだんと大きくなってくる。私はカタログに落ちた斑点さえも見逃さないような部員達を思ってそっとクッションの後ろへ隠した。と、コツコツと聞こえていた音が止まった。私は音がする一点を見つめた。すると、壁からひょこっと顔を出したのは、帽子を被った光だった。



「光」



「だから、なんでわかるの?」



「え?勘だけど」




光はきっと今「どっちが光くんでしょうゲーム」をやっていたのだろう。呆れた顔で帽子をとる光は私の方へやってきてソファーの上に帽子を置いてその隣に座った。馨も、光も、今日は至近距離にいる。変だなあ、そう思い会話をするのさえも忘れていた。光は帽子をいじって沈黙を作る。私は俯いて沈黙を作る。だけど、それを破るのはいつも、私じゃないほう。光はそっと小さく私の名前を呼んだ。私が顔を上げると光は天井を見ながら言った。



って、勘、勘っていつも言うけどそれ違うと思う」



「え・・・」



「結局はさ、俺らのことちゃんと見てるってことじゃないの?・・・なんていうか、ほら俺らのこといつも区別してたじゃん?」



光は私に目を合わせないで言った。私は光の目を必死に追っている。光の目はどこか遠くを見つめていた。そんな風に見ているのに気づかないで光は話を続けた。


「小さい時だって、俺らと喧嘩した時。覚えてる?をいつも通り蛇のぬいぐるみで驚かしたら、いつもは笑うのに、その日は泣き出してさ、それで俺がムカついて「なんで一緒に見ないの?」って聞いたら、は「どっちがいい?」って聞いたんだ。あの時からずっとあの返答見つからなくて。今でも、見つからないんだ。俺自身、馨と一緒がいい時もあるし、そうじゃないときだってある。意見が別れて悲しくなるときも、ほっとするときも・・・。でも、俺、絶対にこれは今年の抱負。理解してやる、あのの質問を」



光は笑顔で言い続けた。私は笑顔でなんかいられなくて、俯いた。あの時の記憶、思い出した。恥ずかしくて、そして嬉しさがこみ上げてくる。順々に、スパイラルしていく。私は震える手をぎゅっと拳にして震えを抑えようとする。それが光にバレてもいい、光ならちゃんと理解してくれるはずだから。光はやっとそれに気づいて私の名前を呼んだ。光に呼ばれるとなんだかほっとする。私はそれでも笑って顔を上げて光に笑いかけた。光はきまり悪そうにして私の肩を抱いた。そしてそっとぎこちなく、不器用に引き寄せてくれた。



「泣くなよ。馬鹿」




そんな光の声が霞んで聞こえたのは、私の耳が今、何も聞き入れたがらないからか、それとも、光が本当に泣いているからか。・・・どっちでもいい。私はそっと目を閉じて頷いた。光はそんな私を見て声を出して頷き返してくれた。




「ねぇ、もう行きなよ。馨、心配してるよ?きっと」



「そうだな・・・姫を任せっきりは良くないよな」




しばらくして光は帽子を取って立ち上がった。私も光を見送るかのように立ち上がる。すると、クッションがずれて、ひょこっとカタログが顔を出した。それを見逃さなかった光は大きく斑点をつけたそのカタログを無言で拾い上げた。



「あ・・・」



「・・・、これ読んだ?」



「あ・・・うん」



「そ、んじゃ守ってね!守らないと、罰ゲームあるから」




あれ?濡れている理由、聞かないんだ。私は光に返事をしないでその疑問に夢中になった。はっと気づけば、ガチャとドアの音が聞こえた。光が出て行ったんだ。私はその場に座り込んだ。なんで、聞かなかったんだろう・・・?気づかなかったとか?・・・なわけないよね・・・。それを考えると急に恥ずかしい気持ちになってきた。私は横のソファーに頭を乗せた。






























「光、休憩長いよ」



「馨。ごめん、ごめん」



「心配しましたわ。何処へ行ってたのですか?」



「あー・・・と、ちょっと準備室に帽子を置いてこようとして」



「ですが、光くんの手にあるのは帽子じゃ・・・」



「(げ。)あれー?可笑しいな、戻してきたのに」





光はおちゃらけたフリをしてその場を凌いだ。すると、客は穏やかに笑って「今日の光くんは可笑しいわ」と言った。彼女自身はきっと何も考えていないで言ったのかもしれない。だけど、光にとってその言葉はふっと心に明りを灯した。なんで、こんな風にごまかさなきゃいけないのか。それは、がこの部活に入部したことを姫たちにバレるとが嫉妬の対象になるから?それも一理あるだろう。だけど、それだけじゃない。もっと、妥当なものがあるはず・・・もしかしたら、俺自身がに嫉妬しているのでは・・・?そんな考えさえも出てきた。でも、それはないだろう、そう思い俺は再び我に返って現状だけを見つめる事にした。それでも、ぼーっとしてる、とか、元気がない、なんて言われたので空回りするくらいテンションを上げて接客に没頭しようとした。でも、ちらちらと見てしまう準備室のドア。




「光、次はあの厄介な姫だよ」



「あー・・・」



「?光、いつもなら意地糞悪いセリフ言うのに。この後には確か「ヘアースタイル直してこいよ!」って言うじゃん」




馨も悟った。に会っていたのは知っていたからさほど驚く理由なんてない。ただ、一瞬、馨の額にもうっすらと冷や汗が浮かんだ。もしかしたら、光は何かに気づいてしまったのではないか、と。いや、そんなことはない。光はまだ知らない。馨は心に言い聞かせた。でも、光の日常では絶対に見られない表情を見せてきたので、戸惑っている。鼓動が早くなるのがわかった。


それから、客が来ても光の顔がいつもと同じようになる時間はなかった。そうこうしているうちに営業時間が終わる。環が準備室のドアをノックしてが出てくる。そして環は嬉しそうにを見下ろして「さすが、我が子だ」と言いつつ頭を撫でている。馨はいつもなら光がここで殿の邪魔をしに行こうと誘うけれど今日はそれがなかった。馨はつまらないので光に「行かないの?」と聞いた。光は「今日はいいや」なんて無理をして笑って馨を見た。そんな顔、しなくても分かるよ。僕だって伊達に双子をやってきたわけじゃないんだから。馨はそう目で訴えかけた。だけど、魂の抜けたような光から期待している返事は帰ってこなかった。がそんな2人に近づいてくる。馨は立ち上がっての元へ行った。



「お疲れ、どう?初仕事」



「いや、なんか今日はいっぱいいっぱいだったみたい」



「そっか、でもそのうち慣れるでしょ」



そうやって馨が笑いかけるとは笑って馨を見上げた。はどうやら、光の異変には気づいていないみたいだ。馨は伝えてあげたくてに目で訴えたけれどに通じるはずもなく、ただ虚しい時間が続いた。




「光、馨。帰ろう?」




と、ふとが立ち上がった。珍しくからの誘いだった。は光が出て行った後、仕事をしながら考えた。2人のためにできること、2人は何を望んでいるのか、そして、5つの願い事。まだ一つも見つけることができていない。だけど、もう少しで見つかる、そんな予感がしてならなかった。はカバンに荷物をまとめてぱたぱたと活気よく部室を駆け回る。そして鏡夜の元へと向かった。



「あの、明日までにお菓子をいろいろと調べておきますね」



「ああ、頼む。それと、空調のことだが明日は除湿を早めに来てかけてくれないか?」




パソコンの画面に映ったのは天気予報だった。鏡夜先輩って、ちゃんと調べているな・・・と感心したは笑って大きく頷いていた。くるっと向きを変えて光の前に立つ馨からしてみれば、その状況は「やばい」でしかなかった。



「帰ろうよ。先行ってるよー?」



「・・・あーうん。俺も帰る」



光がだるそうに立ち上がる。は不思議そうにそんな彼を見上げた。馨は光の後ろからゆっくりとした足取りで歩き出す。がドア付近まで行ったとき、くるっと向きを変えて急にお辞儀をしだした。



「先輩方、今日はお疲れ様です。明日もがんばりましょう」



すると、部室内にいた以外の人がへと視線を注いだ。の満面笑みに双子以外は口々に言った。



「バイバイねぇー」



さんもお疲れ様です」



「我が子よ・・・!明日はちゃんと俺も早く来て部活のこ「除湿、頼むぞ」



「ああ」



満足そうにはそれを聞いて頷いた。そしてドアを開ける。ドアを開けた瞬間の微かな風が大きく感じ額にベール状に被さる感じがした。光と馨はゆっくりとドアから出て行った。





























「なんか、元気なかったみたいですね。光と馨・・・」



ハルヒは勘がいい。毎度のことながらすぐに気がつく。ハニー先輩は頷いてうさぎを振り回しながら言った。




「何があったんだろうねぇー」



「あいつらはまだまだ、受け入れるのが苦手だからな」



「そうか?俺はさっきはそうは見えなかったが?」




鏡夜はキーボードを打ちながら颯爽と言った。部員の視線が集まる。




「鏡夜、お前にはどう見えたんだ?」



「おそらく、光は受け入れるのがもう苦手ではないはずだ。光は、こんな風に容易にを受け入れることができると自分でも思っていなかったのだろう」



「じゃあ、ひかちゃんはそれに驚いてるんだろうねぇー」



「ああ」



「じゃあ、馨の方はなんであんな風に?」




ハルヒが聞くと鏡夜は溜息をついてくるりと椅子ごと回った。



「つまらないことを聞くな。そんなのは決まってるだろう?馨が光を心配してるからに」



「ああ、そうですよね。馨は割りと考え込みそうですよね」



「でも、本当にひかちゃんは受け入れすぎちゃったんだねぇー」



「それはどういう意味です?」



環はきょとんとした顔でハニー先輩を見下ろした。ハニー先輩はそんな環を見てから笑ってくるりと回った。



「ううんーなんでもなーい。ね、崇」



「ああ」




環とハルヒは顔に?マークを浮かべて顔を見合わせた。鏡夜はくるりと椅子の向きを直してパソコンに向かいながら小さく呟いた。





















「受け入れすぎて先へ行く、そういうことか」















ラベンダー


(同じ気持ち、同じ季節)







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120305