もやもや、もどかしいこの気持ちの居場所は何処なのだろうか。
















車窓から夕日が見える。今日、担当だったモデルが撮影できなくなってしまったため、急遽、私が行く事になったが場所など詳しく教えてもらっていなかったので何も知らないままただ、山道を登り続けた。いつもならスタジオなのに・・・今日は山?私は車窓を眺めながら疑問に思った。



「お嬢様、今日は洋館で撮影ですよ」




私の気持ちを悟ったかのように運転手は言った。私は相槌をうつように笑った。すると、運転手は口をそえて、



「ちなみに、衣装は黒いドレスだそうです。何やらお嬢様のイメージでは無いですが」



そりゃあそうだ。それは元々、他のモデルが着るものだったのだから。私は小さく頷いて再び車窓を覗いた。窓から見える夕日と重なるかのように私の目の前に幻影として出てくる光と馨。そうだ、光は何か怒っていたようだった。私は理解できなかった。それが何かも。その前までは光と普通に喋っていたのに。元気だってくれた。なのに、突然あんな風になったなんて、部活で何かあったのだろうか。それにしても、馨は普通だった。光が暗い顔をするときは、馨だって一緒なのに。それが、普通の悩みや喧嘩だったらいい。だけど今日は、そうじゃない気がした。もっと、何か重いようなものが光に圧し掛かっているような。私は胸騒ぎが止まらなくなってぎゅっと胸の前で拳を握り締めた。



(大丈夫・・・だよね?)





着きましたよ、そう運転手は言って車を止めた。私はカバンを持って車の扉を開けると、そこにはセピア調の洋館がそびえ立っていた。すると、目の前にぞろぞろとスタッフがやって来た。




「お待ちしておりました」




私が会釈してお辞儀すると後ろからコツコツと音が聞こえてきた。振り返るとそこには母が立っていた。



「お母さん・・・」






















「ねぇ、光。これ見てよ。おもしろいよ。こんなコーディネートするやつって今更いるのかな」



「・・・」



「あはは、これはこれでおもしろいかもネ、・・・光?」




家に帰り、いつも通り退屈をやってのける僕らにいつも以上に今日は退屈だった。それは、光があんな風にずっと黙っているから。先程やっと喋ったのに、今はもう元通り。僕は雑誌を眺めながら話題を何度もふったけれどダメだった。このままだと、僕もつまらないし、光ももいい気はしないだろう。僕は少し意地悪かもしれないけれど、の名前を出した。




、今日撮影だってねー、写真早く見たいね」




いつもなら、「明日からかうネタになるな!」って笑うのに、光は黙って腕の中に顔を埋めた。僕は溜息をついて部屋を出る。もう、光は駄目だ、そっとしておこう。僕はポケットにあった携帯を取り出してのアドレスを選んだ。メールの作成画面に画面が変わる。僕は何かを打とうと指を動かした。だけど、思うように言葉が出てこない。諦めて携帯を閉じてドアによりかかってその場に座り込む。そして大きく息を吐いた。






「・・・僕までわからなくなってきた」







今、自分の気持ちはどの位置にいるの?




























「お母さん、なんでここに?」



「実は、話すことがあって」



「家で話せば・・・」



「ダメなのよ。今すぐにでもあなたに伝えないと」





髪をくるくると巻かれ、メイクさんが私の肌に可愛い瓶に入った液体を塗る。私は耳だけを母に向かせ、喋った。耳だけでもわかる、母の悲しい声。私は目をそっと細めて母の弱弱しい声を聞いた。




「あなた、もうこれから学校の授業が終わったら真っ先に帰ってきてちょうだい。送迎の車の時間も早くしてもらうわ」



「え?」



「それから、自分の教室から移動教室以外はやたら出ないようにしてちょうだい」




送迎車の担当の人は母の隣に立っていた。母は時計を見てからその運転手を見上げて「送迎車は毎日授業が終わったらすぐに出して頂戴」と言った。私は一瞬何を言われているかわからなくなってしまった。やっとはじめた部活での仕事をこんなにも早く打ち切られてしまうなんて。私はおそるおそる首を振った。それを見たらしき母は声を張り上げて言った。





「自分勝手なことを言わないで頂戴!貴方だけのことじゃないのよ」



「お母さんは、お母さんはいつも私をそうやって振り回すじゃない、どうして学校内のことまでそうやって制限されなきゃいけないの?」



がたっと立ち上がって母を振り返る。メイクさんやヘアースタイリストさんが驚いて一歩下がる。ダメだよ、感情的になったら。心の中は止めているのに、私の体は熱くなって止まらない。母は私を鋭い目つきで睨んだ。私も同じように睨む。




「貴方、もう私の子なんかじゃない」




母はそう言い残して手を叩いた。すると後ろから数名の執事が出てくる。そして母は「即急に車を出して頂戴」と言って歩き出した。執事が慌しくドアの方へ歩き出す。













「もともと、私を自分の子だなんて思って無いくせに」

















私はそう言って涙を抑えながらもう一度椅子に座った。こんなことになると思っていた。だけど、神様は本当に意地悪だ。どうして私の楽しみや安らぎを奪うの?
































どのくらいの時間を撮影に費やしただろうか。外はもう真っ暗だった。撮影も終わり、ぞろぞろとスタッフが帰っていく。残っているのは私の執事達だけ。執事は私が更衣室で着替えるのを気遣ってか、他の部屋で待機している。もう少し、ここに一人で居たかった。私は着替えを済ましてもドアを開けて家に帰るなんて事は置いておいて深く椅子に腰掛けた。居心地の悪い家より、真っ暗なこの洋館の方がいい。私は携帯を取り出してメールを確認した。誰からもきていない。それを見てから上着のポケットへ携帯を忍びこませようとしたが、手が一瞬止まった。そして頭に光のそっぽを向いた顔が過ぎった。


そうだ、光に謝ったほうがいいのかな・・・



いつのまにか、自分が悪い事をしてしまったのかもしれない。考えているうちにそういう錯覚にかられてきた。でも、本当に悪い事をしているなら謝った方がいい。私は急いで携帯を開いて光の電話番号を選んだ。ごくり、と息を飲んでから発信ボタンを押す。そしてゆっくり受話器を耳に当てる。音が無駄に流れる。その沈黙をちゃんと光本人の声が破ってくれるのだろうか、私は胸がはちきれそうな思いでじっと耳に集中した。




「・・・もしもし?」




繋がった。確かに。私は一瞬で頭が真っ白になった。何を話したらいいかな・・・何を言うんだっけ?そんな風に混乱して戸惑って変な声を漏らしていたら光は黙り込んだ。私はそんなのに、負けていられるわけじゃない。そう思ってぐっとスカートを握り締めながら口を開いた。




「・・・光、怒ってたの?私、理由がわからなかったんだ。だから、何も話せなかった。正直、わけわからなくて光のことちょっと嫌だった。やっぱり、口で言ってくれないとわからないこともあるよ・・・」



一気に言った。微かに息が音を上げている。だけど、そんなのは気にしないで私はぐっと光の声を待った。光の声が聞こえない。ちゃんと、聞いているのかなあ?もう一度、もしもしと言おうとしたけれどそれは怖くて言えなかった。電話、切った方がいいのかなあ・・・そう思って「切るよ?」そう言おうとしたときに、光の声が聞こえた。それは微かで小さくて聞こえるか聞こえないかは自分しだいのようなものであったけど、確かに私には聞こえた。ちゃんと、名前を呼んでくれる光の声が。




・・・俺、別に怒ってるわけじゃなかった」




今度は大きく私の名前を呼んで彼は言った。怒っているわけじゃなかった、その言葉を信じるとすれば、あれはなんだったのだろう。でも、聞くのはやめた。光だって人間だ。悩みがないなんてそんなのはありえないのだから。私は小さく頷いて光の次の言葉を待った。




「だけど、なんかわからないんだ・・・俺、としゃべってからなんか・・・違う」




「どうしたの?」




「わかんない・・・だけど、ごめん。俺も悪かった」




光の言ってる意味がわからなかったけれど、私は「いいよ」と小さな声で言った。思ったよりも光は安定している。よかった。じゃあ、あの胸騒ぎは・・・




「疲れてるのかもよ?光、今日は早く寝な」



「ん、ありがと」



光はぶっきらぼうに言った。私は笑ってからバイバイ、そう言って電話を静かに切った。光は我侭だ、そして馨よりも子供っぽくて・・・だけど、考える事は大人みたいに大きくてその重さは今の光じゃ耐えられない。それなのに、背負おうとしている光は誰よりもすごい人に感じれる。でも、その荷物を皆で分けて運べば楽なのに、光はいい、って言って断る。でもそれは、きっと光なりの強さだから。くじけている光を見てもこれからは、自分で立ちあがれるように何も助けないほうがいいかもしれない。そんな風に光のことを考えて見ると、早く光に学校で会って褒めてあげたくなった。偉いね、って。でも、無理は絶対にダメだよって言ってあげなきゃ。そうじゃなきゃ、きっとこの胸騒ぎは収まらないんだろう。






きっと、光は今、重い荷物を持ち上げようと頑張ってるんだから。





































僕はいろいろと用を済ませて再び光のいる部屋へ戻ってきた。その時聞こえた、光の話し声。電話だろう。しかも、相手は僕はいつこんなことを覚えたんだろう。その場に立ち竦んで耳を澄ましてその会話を聞いてしまった。そして、思った。と喋るときに、光がどんな顔をしているか。声色ですぐに僕はわかってしまう。そしてそれが僕のデメリットである。収まっていた痛みがまた痛み出す。きっとこれは・・・





「光にはまだ、重いからだよ」





僕は小さく子供みたいになって言った。そう、僕はきっと嫉妬しているんだ。でもそれは、誰に?に?光に?もしかしたら、僕は誰よりも嫉妬深くて嫌な人間なのかもしれない。そんな風にさえ思えてしまった。
























アスター





(心が痛い、涙が出るくらいに)


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120308