じっとしていられないのは胸が締め付けるからだ
授業時間に遅れるかもしれない!そう思い私と光は急いで走った。まだ、私の心には恥ずかしいや嬉しい気持ちが混沌としていたけれど。とりあえず、今は急がなきゃいけない。途中、前を走る光の背中がいつもより大きく見えたりして驚いたけれど、それはそっと心の中に閉まっておいた。
「遅い、危ないっていくらなんでも」
教室に入るなり、馨が怪訝そうに言った。そしてその後に始業のベルが鳴った。私ははっとして時計を見上げた。席に座ろう、そう思って自分の席へ向かう私。と、光は反対方向なのに、私と一緒の方向へ来た。あ、そうか、今日は入れ替わるんだっけ?私は納得して溜息をつきながら椅子に座った。
それからしばらくして私は授業中の睡魔に襲われた。昨日の仕事疲れがまだたまっているようだ。だけど、この教科は私にとって苦手な教科。ちゃんと聞かなきゃ、そう思えば思うほど瞼が降りようとしてくる。私はペンをするりと手から抜いてがくっとノートに突っ伏した。
「?」
と、小さく光の声が聞こえた。私は無視するつもりは無かったけれど、眠くて返事ができない状態だった。光の声が聞こえなくなった。ああ、黙ってあきらめたのかなあ?そう思った。
「」
そう思っていると、今度は語尾が疑問系ではなく、しっかりと私を呼んだ。だけど、それに応じれなくて私はただ瞼に抵抗し続けた。
「ここに置いとくから。後で見て」
それ以来、光の声が聞こえなかった。私はふっと安心して目を閉じた。
「ってば、1限目は爆睡だったね」
「僕も見た。昨日の仕事疲れ?」
「うん・・・ごめんね」
「大変なんですね、モデルって」
藤岡君の思いがけない言葉に光と馨は藤岡君の口を強引に押さえた。藤岡君は苦しそうにあがいていてそれを見る2人はなんとなく楽しそうだ。なんだか、同性だとなんでもありだな・・・そう思った。
「ハルヒー、言っちゃダメでしょ?」
「をこの学校から追い出す気?」
「あ・・・ごめんなさい」
「いいって」
本当は良くない。理事長に監視されているから何か下手な事をしたら本当に学校にいられなくなるんだ。ホスト部も今日は出れない。でも、その理由を言わないでみんなは納得してくれるのだろうか・・・。やはり、理事長の息子である環先輩に言うべきだろうか。私は立ち止まってくるりと向きを変えた。やっぱり、環先輩に言いに行こう。
「それでさー、って?」
馨の声が聞こえて振り返る。3人の視線が私に集まる。私は笑って言った。
「先行ってお昼食べてていいよ。私用事思い出しちゃった」
そう言って3人の声も聞かないで私は走った。
「何があったのかな?」
「何か、編入の手続きとかのことかな?」
「・・・変なの」
その時僕は光がを心配そうに見つめていたのに気がついてしまった。そして誰に対しても鈍感だった光が僕と同じ速さでの異変に気づいた事に驚いた。前までは僕が一番早くの異変に気づいていたのに。やはり、兄は一旦習えば習熟するのに時間がかからないのだろうか。でも、一体、光は何処でそんな技を覚えてきたんだろう。それがもし、自力だとしたら・・・
光はもうそろそろ魔法を解こうとしているんだ。僕らの双子の魔法を。
「馨?」
「らしくないね、馨がボーっとするなんて」
「ん、なんでもないや。行こ行こ、お腹すいた」
僕は光とハルヒを押して言った。
もうそろそろ、僕も動かないと駄目かなあ?
「須王先輩、いらっしゃいますか?」
教室付近にいた男子生徒に私は問いかけた。すると彼は笑って教室に入って「須王ー!女の子が呼んでるー!」と言った。小さく環先輩の返事が聞こえた。それを聞いて心臓が跳ね上がった。私は小さくなって環先輩の登場を待った。周りの生徒の声が聞こえる。
「あの子、告白するつもりか?」
「無理無理、須王なんてどーせホスト部の接客だけだろ?恋愛に手を出したら終わりだろ?」
「でも、気になるな」
「ほら、皆の衆、何を言う!我が子に恥をかかせるな!」
恥ずかしくて胸が張り裂けそうだったときに、環先輩はもう私の隣に来ていた。そして肩に手を置いて周りを見て手を振っている。これじゃあ、バレるのも時間の問題だ。
「環先輩!ちょっと、いいですか・・・?」
「ん?なにかあったか?お兄ちゃんズに苛められたか?」
「違います・・・その・・・」
中々上手く言えない・・・私は俯いて言葉を捜す。すると、環先輩はそっと私の頭に手を置いた。顔を上げると環先輩はぐいっと私の手を引張った。
「え?」
「ここじゃ、話せないことなんだろ?じゃあ、遠くに行こうではないか!」
環先輩は優しいのに、手を引くときは強引だ。もう前のことだけれど、環先輩と神社へ行った時にも手を引かれた。あの時も強引で、少し戸惑った。今回は2回目だからわかったことがあった。それは、環先輩は時に寂しさを紛らわすために強引に何かを手の中に入れたいと思っている。だから、それが行動に出て手を強引に引いているのだと。今、環先輩は寂しくて、その寂しさを分かりにくいようなテレパシーで発信している。これはただの私の憶測だけど、環先輩はきっと四六時中幸せ、そんな人ではない気がした。そう思うと、今までおめでたい人だな、って思っていた私が酷く残酷な人間だと思った。
辿り着いたのは、庭だった。前に、ここで遊んだんだ!とえばって言う環先輩に私は笑って、環先輩に言うことを頭の中でまとめていた。
「、座って」
ベンチが一つ佇んでいる。私は静かに頷いてその椅子に座った。環先輩が隣に座る。とりあえずは、先程の環先輩の行動から。
「あれじゃあ、先輩、私がホスト部に居られなくなるのも時間の問題ですよ?」
「ああ、すまん。が自分から来るなんて思って無かったからつい嬉しくて」
さすがホスト部。さっきの光のことといい、不愉快になるどころかこちらを期待させてしまうような言動だ。今更本気になんてしないけれど、やはり、少しはドキっとしてしまうものだ。私は溜息をついて仕切りなおした。
「これからは気を付けてくださいね」
「うむ!で、本題は?」
切り替えが早いなー私はそう思って笑ってから真剣な顔を作った。小鳥のさえずりがバックでこれを言うのは非常に辛い。
「実は、先日理事長に言われたんです。お前を監視するって」
わざと、理事長と言って話を続けた。簡単に内容をまとめて言ったがやはりこれだけじゃ伝わらないと思い、結局は全て話してしまった。それを話すと環先輩は俯いた。
「そうか、そんなことが」
「私、パリへ行く前、環先輩が部員だから言ってくれなきゃって言われたの覚えていたからちゃんと言おうと思って・・・」
「うん、は偉いよ」
環先輩は顔を上げないで言った。私の心がより一層不安になる。
「だからその・・・ホスト部に行ったらホスト部に迷惑が掛かるんじゃないかと・・・」
「それは違う」
即答だった。怒っているみたいな声色で環先輩は言った。正直、ホスト部で折角仕事をはじめたんだから、まだやりたいことだってあった。結局カタログを眺めて終わりなんてそんなの嫌だ。だけど、それを素直に先輩に言うのは難しかった。
「・・・先輩・・・?顔、上げてください・・・」
小さな声で私が呟いた。環先輩のそんな姿、見たくないから。私がそう言ったのが聞こえたのか環先輩はゆっくりと頭を持ち上げた。すると、そのまま立ち上がって私に満面の笑みをふりかけた。
「え?」
「なーに、心配することじゃないって。俺がなんとかする。は今までどおり、授業が終わったら音楽室に来ればいいんだよ。鏡夜にも空調管理頼まれているんだろ?」
「でも・・・それじゃ「守るから」
「絶対に、が二度と音楽室に行けなくなるようになんてさせないから」
その目が真っ直ぐに校舎を見つめていた。私はその目に感動して固まっていた。環先輩は私の名前を呼んでから手を振った。
「じゃあ、そういうことで!俺次の授業が移動教室なんだ!」
そう言って遠くに行く環先輩に私はまた初めて会った時みたいに「ありがとう」を言うのを忘れていた。そしてちゃんと環先輩は私の名前を呼んでくれている。大丈夫、まだ行けるかもしれない。そんな気持ちが心に光を灯した気がした。
「環、」
「鏡夜、何で此処に!」
「やはり、俺の勘が当たったようだな」
「・・・何故知っていて教えない!知っていたらもっと手が早く打てたのに」
鏡夜は本を閉じて環に背を向けて歩き出した。環が頭を掻いて着いていく。
「俺の教育方針は「自分で気づく」だからな」
にやりと笑った鏡夜を環は怪訝そうに見つめた。
オンシジウム
(何も気づいていないわけがない)
---------------------------------------------------
120308