凍りついたように、静止した。



スローモーションで時計の針が動く音が聞こえた。



























「僕は、以外に見分けて欲しくないんだ」






そんなこと、言われるなんて思っていなかった。私は手をぎゅっと握り締めた。焦っているのか、私の手が汗ばんでいる。なんだかわからない感覚に陥ってそれを阻止しようと心が頑張っている。これは何?私はおそるおそる馨の瞳を見つめた。馨の瞳が冷たい色をしている。そんなに怒っているような台詞なんかじゃないのに。私はそんな馨が怖かった。そう思って後ろへ一歩下がる。そしておそるおそる、口を開いた。





「なんで・・・そんなこと言うの・・・ホスト部は?藤岡君は?見分けてくれるのにそれはだめなの?」






わからない・・・そう付け足して俯く。馨の顔が直視出来ない。まだ、寒い。






「ダメなんかじゃない・・・」





「じゃあ、つじつまが合ってないよ」





「違う、そうじゃなくて・・・違うんだけど・・・言えないんだ」









馨も自分の発言に自身が持てないようだった。同じように俯いた。だけど、言った本人がこれじゃあ私だって下手な事は言えない。私はただぐっと何かを堪えて馨の言葉を待つだけだった。


それよりも、何で私だけ?私だけというところに意味があるのかどうかは果たしてわからない。だけど、そんな私一人居ても馨の力になれているのだろうか。それには前々から自信が無かった。だからこそ、私はそんな風に馨に悲しい事を言ってもらいたくなかった。私はぐっと顔を上げた。そして馨のうなだれている頭に問いかけるように言った。








「そんな風に、悲しい事言わないで」








馨が頭を上げた。私と視線がぶつかる。馨の方が背は高いけれど、こういう時の馨は何故か小さく見える。







「私だけ、なんて言わないで。そうやって馨に思ってもらえるのはすごく嬉しい。だけどね、光も同じだけど馨ももっと見分けてくれる人、理解してくれる人がたくさん居たほうがいいと思うの。だから、そんな悲しい顔をして、悲しい事、言わないで」





馨を宥めるように私は言った。だけど、馨の顔が曇っていたので、思わず衝動に駆られて抱きしめてしまいたかった。だけど、そんなことはできなくてただただ問いかけるように小さく言った。




「そう・・・だよな、なんかまだ僕言いたい事まとまってないみたい。ごめん、出直してくる」




何度でもやり直せるみたいに馨は言った。だけど、今このとき言ったことは取り消せないし、私の心にだって響く。だから私は馨の袖をゆっくりと引張った。







「馨・・・」




?」




「言いたい事、あるならいつでも言ってね。ちゃんと、聞くから」






















どうしても、私には彼が何かに病んでいるようにしか見えないから。





















馨は静かに頷いてからいつも通りに笑いかけてきた。私も今まで力んでいた分がどっと戻ってきて噴出して笑った。そして馨がゆっくりと私に手を差し出してきた。





「戻ろっか。もうそろそろやばそうだしね」




「うん」





頷いてから私はおそるおそる手を馨に差し出した。馨の手はいつも通りの温度だった。私はそれにちょっとだけ安心して馨の背中に笑いかけた。









































部室のドアまでやってきた。ここで私は繋いでいる手を見下ろした。このまま、入ってもいいのだろうか・・・馨に問いかけるように顔をあげたけれど、馨はそんな私を笑って見下ろすだけで手を振り解かない。おかしいなあ・・・なんて思ったけれど、大丈夫だからそんな顔をするんだよね、そう解釈してそのまま馨の反対の手がドアを開けた。視界に真っ先に飛び込んできたのは、藤岡君だった。






さん、と・・・馨?」




「ごめんな、ハルヒ。僕ちょっととミーティングしてたからさ」




「自分は別にいいけど・・・?あれ、手、どうしたの?」







藤岡君は何も分かっていないからか、自然に私に尋ねてきた。私は何も言わないで俯いた。馨は笑ってその手を持ち上げて言った。






「ちょっと、ね」




「馨!」






と、その時藤岡君の隣から顔を出したのは光だった。光はすぐさま私と馨の手に眼がいった。光はそれを見てからもう一度2人の顔を見た。




、馨、どうしたの?」




「別に、何もないよ!ただ、馨と話してただけ」




「うん、それでちょっとね」







光は何も追い詰める事無くふーん、といつになく無関心でその場を去って行った。けれど、環先輩に手を繋いできたなんていうのを見られたらおしまいだと気づいた私と馨は笑ってから手をぱっと離した。離した手に風が当たって寒い。私は馨の顔を見上げた。いたって普通だ。さっきあんなことを言っていたから大丈夫かな、なんて思ったけれど、良かった。ちゃんといつも通りだ。






「あのさ、




「ん?」




「さっきの、僕らだけの秘密だよ?」







さりげなく言われた一言に私は一瞬内容を理解できなかった。私は馨をはっとして見上げる。すると、馨はにやりと笑った。秘密、か。なんだか、内側にいるような気分になった。






ー」





と、後ろから今度は光が私の肩にぐいっと腕を回した。私はバランスを崩して光に寄り掛かる。





「さっき、ハルヒと言ってたんだけどさ」




「ん?」




「やっぱ変更、明日デートしよ!」




「へ?」



光の言葉に私は間抜けな返答しかできなかった。
















































車にて、光と馨は左右対称に頬杖をついていた。光は目に映る木々を見ては溜息を漏らしていた。一方の馨は先程のとのやり取りを思い出していた。と、ふと光は頬杖をやめて馨の方へ身を乗り出した。馨はそれに気づいた光の方を振り返る。




「馨さ、さっきとどこ行ってたの?」



「あー、うん。廊下で喋ってただけだよ」



「ふーん」



「何ー?ヤキモチ?」



「んなわけないじゃん」





光の言った言葉が信じられなくて馨は大きく目を見開いて光を見た。その視線に気づいた光は馨を怪訝そうに見つめる。





「なんだよ」



「別に、まぁ、僕もまだ負けたわけじゃないよ。それにのこともよくわかったし」





馨は笑って光に言った。光には意味が通じていないのか、口をあんぐりと開けて笑う馨をじっと見ていた。




「デート、楽しくなるといいね」




そんな光を無視して馨は愉快に笑った。


















































心と体が噛み合わない




泣きたいのに、笑ったり




その逆だったり





















僕の病気はまだ治りそうにない














オレガナム

(処方箋はありますか?)


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120310