さぁ、早く
シンデレラは12時になってしまえば魔法が解けてしまうのだから
家に帰った私はカバンを執事に預けるとパタパタとかけて部屋へ行く。そしてカレンダーに目をやる。光と馨曰く来週の日曜の約束が急遽、明日になったのだ。明日は土曜日だ。学校もないし、仕事もなかったので空いてはいるけれど、心の準備が整っていなかった。今日は、馨とあんなことを話したからかどうもおかしいのだ。心がきゅっと痛む。私は胸の前で拳を握ってから鏡を見る。見てみるとなんだか顔が赤い。おでこに手を当ててみたけれど熱は無さそうだ。だとしたら、この赤みはなんなんだろう・・・
そして、考えた。馨があんなことを言った所為とかじゃないけれど、馨があんな風に考えているのなら、光も同じ意見なのだろうか。光こそいつでも笑っているからそんな深いことを考えているようには見れないけれど、だけど、私も実際馨のそういう想いを見落としていたわけだ。そう思うと、ずっと一緒だったっていう誇りなんてうっすらとどこかえ消えて行きそうになる。
―でも、今はそんなことよりも、明日なんとしてでも光と馨を思う存分笑わせてあげなきゃ。私はそう思って衣装室へと向かった。たくさんの衣装が綺麗に並んでいる。私はそれをじーっと見ながらずっと考えた。何処に行くかは向こうが計画してあるらしいので、それは悩まなくていい、問題は、2人をどうやって楽しませようかということ。藤岡君も来るとは言っていたけど藤岡君にも楽しんでもらいたい。そう思った瞬間、私の心が動揺したかのように揺れた。藤岡君、その名前が出るたびにこんな風になる。何を考えているんだろう、私。思いっきり首を振ってから私は再び服選びに集中した。
「あっれー?」
と、ふとドアが開く音がした。振り返るとそこには、姉が仕事帰りだったのか、コートに身を包んでひょこっと顔を出していた。私がお姉ちゃん・・・と呟くと彼女はうきうきしながら私の元まで歩いてきた。
「何?明日どっか行くの?」
「うん、光と馨と藤岡君って言う子と」
「みんな男の子!?」
姉は後ろに一歩下がって私の顔をかっと目を見開いて見た。私は姉が何か誤解しているんじゃないか、と思い姉に向かって首を思いっきり振った。
「でも、全然そういうのじゃないよ?」
「・・・常陸院双子はまぁあれだけど、もう一人の子は何?」
「だから、クラスメイトだってば」
「ふーん、じゃおめかししないとね!」
姉は私の背中を押して衣装室の奥にある試着室に私を押し込んだ。そしてカーテンから顔を覗かせて姉は言った。
「私がとっておき選んであげる」
朝、藤岡家は大惨事だった。というのは大袈裟かもしれないが、ハルヒの父は女の子と男の子と出かけるとハルヒから聞いた瞬間に爆発したかのようにはしゃぎはじめ、いろんな可愛らしい服を押入れからひっきりなしに出し続けていた。さすがに、ハルヒもどこからそんなにたくさん・・・と焦りを隠せなかったが、いつものことだ、と思えばハルヒにとってどうってことなかった。なんせ、ホスト部にいれば些細なことでは驚かなくなってしまうのだから。
「どれがいい?こっちのピンクがいい?それとも清楚な白でいく?」
「いや・・・動きにくいのは・・・」
と、ふといらないことを思い出してしまった。そういえば、馨に女の子っぽい格好をしてこい、と言われたっけ・・・。ハルヒは溜息をついて父の傍に散らかっている服から一番地味なのを手に取った。父がハルヒを見上げる。
「これにする。ちょっと嫌な事思い出しちゃった・・・」
「でも、これは地味じゃな「いいの、これで」
そう・・・小さく父は呟いてハルヒを見上げた。ハルヒは鏡の前でもう一度溜息をついた。実際、今日は女の子も来るということになっている。にカミングアウトしてもいいということなのかな・・・。ハルヒは肩の荷がやっと降りると思い少し安心した。
「ねぇ、光今日は何見るの?映画行くとか言ってたけど」
「さぁー?でも映画はいいとしてハルヒの為に庶民デートだから行くところ限られるよな」
「うーん・・・つーか人多すぎ」
待ち合わせ場所に逸早く辿り着いたのはやはり光と馨だった。2人は雑誌を見ながら柱により掛かっていた。途中いろんな視線を浴びたが、そんなのは無視して光と馨はデートプランを練っていた。
「まぁ、とりあえず映画行ってその後はショッピングでいいじゃん」
光は適当に雑誌を指差して言った。馨も頷いてその意味もなく指を差した記事をタイトルだけ目を通してからその雑誌を閉じた。
「2人とも楽しんでくれるといいね」
馨の言葉に光は少し困ったように笑いかけた。
「お嬢様、お車は?」
「歩いて行きます!」
しまった、ちょっとゆっくりしすぎた。私はカバンを乱暴に掴むと家のドアを開けた。待ち合わせ場所は込み合う場所だからなるべく車は避けたほうがいい。風が気持ちいい、きっと春風とはこういうものなのだろう。
駅まで歩き、電車に乗る。電車では窓の外の景色をぼんやりと見ながら、昨日からずっと考えている光と馨のことを考えた。あの2人はどこか矛盾している。今までどおり接すればいいのに、今日はどう接していいかわからない。私がまた変な風に接すれば二人も戸惑うし、その場合きっとまたぎくしゃくするんだ。それを思うと今日はそんなこと一切考えないほうがいいかもしれない。そうだ、今日は忘れよう。無邪気に楽しんで、無邪気に笑えばきっと今日は終わる。私はぎゅっと手を握り締めた。
電車を降りてきょろきょろと辺りを見回す。どこにもいない。そう思って携帯を取り出して電話をかける。光と馨・・・どっちにしよう・・・こんなくだらないこと考えている場合じゃないのに・・・と、私が迷っている隙に携帯が鳴った。開いてみると光だ。私は焦って電話に出る。
「もしもし」
「、どこ?」
「え、わかんない改札出たけど・・・」
「あ、なーんだ」
「?」
「うしろ」
妙に近い音だと思った。振り返るとそこには光が悪戯に笑って立っていた。一瞬固まる。最近、私服の光を見ていなかったから。
「光?」
「うん、そうだけど?」
「その服・・・」
「新しいやつなんだよね!これ。今日おかーさんが着ていけって言ってさ」
私は顔を俯かせた。不覚にも、光にびっくりしたというか、ドキっとした。そんな自分が恥ずかしくて光にそれを見られたくなかった。光は私のそんな態度に気づいてか私の頭を軽く撫でた。
「何、照れてんのー?」
「て、照れてないって」
「あ、もしかして僕似合ってないかな?」
悪戯そうに私の顔を覗きこんで光は聞いた。私は意地悪な光に振り回されっぱなしだ。そっぽを向きながら私は光に小さく呟いた。
「意地悪」
「失敬な!で、似合ってる?」
「似合って・・・る・・・よ」
「良くできマシタ」そう言って光は私の頭を撫でた。私は腑に落ちない気分で光の顔を見上げた。悪戯で、元気な顔。悪戯は嫌いだけど、光のその顔は好きだと改めて実感した。
「あ、いい忘れてたけど」
「ん?」
焦って返事をそっけなく返す。光は私の耳元まで来てそっと囁いた。
「も似合ってる」
私は顔が熱くなるのがわかった。小さくなって「ありがと」と口ごもって言うと光は笑いながら私を見下ろした。嬉しかった。でも、私はそれがいつもの光だとは思えなかった。馨ならともかく、光はこんなこといつもは言わないのだ。言うのは批判だけなのに。なんだか、光、空回ってるななんてちょっと思ってしまった。
「行こっか。馨とハルヒも待ってるはず」
光がスタスタと前を歩く。と、後ろから聞き覚えのある声が光と呼んだ。振り返ると、馨だった。そしてその隣に女の子が立っていた。
「馨!あ、ハルヒも一緒?」
「さっき、彷徨っていたのを捕獲した!」
「自分は動物扱いなんだ・・・」
「え?!ちょ、っとまって!?」
隣にいる女の子を見て私は同様を隠せなかった。近くに来て見れば、藤岡君にどことなく似ている。私は口をぱくぱくさせながら、光を見上げた。
「あー今日ね、僕らが女装してこいって言ったの」
「ハルヒ、女装似合うから」
「ちょ、光、馨何勝手な事言ってるの!?さん・・・」
少しびっくりした。だけど、本当にまじまじと見つめてみれば違和感は無く、可愛らしい。私は藤岡君に笑いかけた。
「今日は、女の子ってことでよろしくね」
「・・・はあ、でもまあさんとなら大丈夫な気がします・・・」
藤岡君はいつものスマイルで私に笑い返してくれた。女の子でも本当に大丈夫だなあ、そう思った。
「じゃあ、最初は」
「映画観よう!!!」
やけに元気な光と馨に私と藤岡君は嫌な予感がした。
リナリア
(きっと何かが)
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120311