縮まる距離、遠のく背中
私と光は2人からはぐれたことを知ってから数秒顔を見合わせてじっと停止した。そしてそれから何かにせかされたように焦りだす。
「どうしよう、携帯携帯っ」
「待って、・・・僕さっき馨の携帯借りて・・・そのまま・・・」
「!?なんでー?どうしよう・・・」
「ハルヒにかけてみるよ」
「藤岡君、携帯持ってるの?」
「ああ、僕らが貸したの」
へぇ・・・。単にこれだけなのに私はその時素直にリアクションできなかった。私は空を見上げた。雲行きが怪しい。だんだんと、私の心の色に染まっている。そんな空、今日は見たくなかった。さっきまで晴れていたのに・・・と、光が携帯をぱたん、と閉じる音が聞こえた。私はその音で我に返り、光を見る。
「どう・・・だった?」
「いや、最初から結果はわかってたんだけどさ・・・ハルヒ電源切ってる。それか、家に置いてきてるかも」
え・・・私は光を真っ直ぐ見た。それが、光には自分が責められているととらえたのか、「仕方ないじゃんよ」と言ってきた。私は手を振って誤解を解こうとした。
「なんか、天気おかしいよね・・・」
「んー・・・とりあずさ、どっかに入ろうよ」
光がキョロキョロと辺りを見回した。私はそれには賛同できずにそっぽを向く。
「そんなことしたら、2人が戻ってきたら擦れ違いになっちゃうよ」
「あーそっか・・・でもどうすれば・・・」
お互い、歩いて遊びに行くなんて慣れないからどうも手の施しようがないのだ。私は溜息をついてからぎゅっとバックを握る手に力を入れる。と、私の額にぽつり、と何かがあたった気がした。上を見上げると、やっぱり。
「光・・・雨降ってきた・・・」
「マジ?・・・あ、ほんとだ」
「どうしよう・・・ここ動くわけにもいかないし・・・」
私はバックを頭に乗せようとして腕にかけていたバックを腕から抜こうとした。と、いきなりぐいっと光が私の手を引いてきた。私はバランスを崩しそうになって光の名前を呼んだ。
「そこの屋根でいったん雨宿りしよ」
「う、うん・・・」
どうして?環先輩も手を引く時は強引で、どことなく寂しい。それが、光にもあるなんて。皆やはり、荷物を抱えていてそれを誰かに出し切れていないのか。悩みは誰にでもつきものだけれど、それを相談できる相手はいないのか。そんなこと、環先輩にはあるかもしれない、だけど光にはないはずだ。いつも傍にいる馨だっているのに・・・馨に言えないことなんてないと思っていたのに・・・。これじゃあ、不安になってしまう。私は俯いて考え込んだ。
「ねぇ、本当に良かったの?2人を撒いてきて」
「いいの、いいの。これくらいあの2人にはいいクスリだよ」
「うーん・・・」
カラン、とグラスの中の氷が揺れる。ハルヒはそれを不安げに見ながら考え込む。馨は余裕そうな顔をして窓の外を見た。
「こうやって、僕らがカフェでお茶してるって知ったら光はどうするかなあ?」
「?さぁ・・・怒るんじゃない?」
「やっぱ?」
「うん」
馨は短いハルヒの即答に笑う。そしてそれから何かを考え、黙り込む。ハルヒはそんな馨を不思議なものを見る目で見ていた。
「僕も実は、怒ってるんだけどね」
そう言ってストローで氷をからん、と回した。ハルヒはそのグラスを見つめてから馨の顔を見上げた。
「馨、最近自分勝手になったよね。光に似てきた」
「え?」
拍子抜けたその言葉に馨はずるりと落ちた感じがした。ハルヒはそれでもそんなこと気にしないで続ける。
「馨はさ、さんのこと考えているようで考えて無いよ?だって、今何の為にさんと光を置いてきたの?馨にはそれなりの考えがあったからやったんでしょ?なのに、そんなこと言って・・・馨のやってることって、自分からしてみれば、光よりもタチ悪いよ?」
馨はかっとなった目つきを一瞬してから、ドン、と机を叩いた。ハルヒは吃驚して一瞬何かが詰まった気持ちになった。そして回りの客も騒然とした。
「馨・・・ごめ・・・」
「僕はっ・・・何考えてるんだろう・・・」
「自分もそれはわからないけど、馨はさんに何かを思ってるんじゃない?だけど、馨はそれを言葉に表せなくて、伝える事もできない。だから、ああいったことを言ったり、行動に出たりするんじゃない?見えないものがきっと今の馨の目の前にずっとあるんだよ。それは馨に見えるようにアピールしてるんだけど、馨自身は気づけなくて見えない。違う?」
「ハルヒ・・・」
「だから、今はとりあえず帰って2人の居る所まで戻ろう?」
ハルヒはバックを取って立ち上がった。馨はまだ立ち上がらず何処か一点を見つめていた。そんな馨の名前を呼んで、ハルヒは言った。
「2人が待ってるよ。早く」
「光、すごい降ってるね」
「こんなんじゃ、馨たちも此処にこれない気が・・・」
でも、仕方ないよな、光はははっと笑って座りこむ。私はそんなずるりと落ちていく光を見下ろした。こうして見れば、光も一般人みたいだ。だけど、光は大金持ちの子供で・・・こんな風に情けないことをしているなんて想像できないのだ。私はそれを考えると、お金持ちらしくない2人だな、そう思って笑ってしまった。光はそんな私の笑いを不思議そうに見上げる。
「は座らないの?」
「嫌だよ。汚い」
「誰も居ないから平気だよ。それに汚くなんかないよ」
光は自分の隣をぱっぱっと払った。いつもなら絶対にしない行動だ。私は笑っていいよ、と手を振った。光はそれを少し残念そうに見上げた。そして目線を遠く道へと走らせる。
「馨、大丈夫かなあ?」
「うーん・・・藤岡君もいるから平気じゃない?」
やっぱり、光は馨思いだなあ、と改めて感じた。さっきから光が落ち着かないのも、その所為だろう。そこらへんはまだ小さい時から変わっていなかったので、安心してしまった。と、私が感動していると光は私の顔を見上げた。そして袖をぐいっと引く。
「やっぱ落ち着かない。座って」
「う・・・うん」
さっきまでちゃんと断れていたのに、何かの魔法にかけられたみたいにすんなりと頷いてしゃがんだ。そして光の顔を見る。光はなんだか寂しそうだった。表では笑っているけれど、その笑顔には裏があるみたい。私にはまだ、打ち明けてくれないのかなあ?私は傍に居た光が遠く感じてならなかった。
「さぁ・・・覚えてる?ハルヒの近くの学校の文化祭に行った時のこと」
唐突に光が口を開いた。私は小さく頷いた。すると光は話を続ける。目線は遠くを見ていて、何処か悲しそうだった。
「あの時、僕ら喧嘩したじゃん?あの時さ、言ったよね」
じっと光を見て次の言葉を待つ。私の心には不安と希望が入り混じっていて混沌としていた。ぎゅっと手を胸の前で握る。
「光にもいろいろ言えるようになりたいって」
心の中で記憶がフラッシュみたいに光ってあの時の場面へと移動する。そして、その時の記憶が鮮明に蘇った。私は、一瞬「あ・・・」と声を漏らして目を逸らした。もしかして、できていなかったかな?光にいろんなこと私は喋ってきたつもりだった。もう勿論光が怖いだなんて思わない。むしろ、より一層大事だと思えるのだ。
「、ちゃんと僕にもいろんなこと喋ってくれたね。ありがとう」
私の頭に手を置く。そして左右に手が移動する。撫でられて照れているのか、それとも光が光らしくないから恥ずかしいのか、なんだかわからない気持ちがもやもやと雲みたいに私の心という名の空を動いている。
「光?」
「僕は子供だからあんな風に怒ってに心配かけることしかできなくて、僕だってにたくさんいろんなこと喋ったりしてあげなきゃいけないのに、ごめんな。全然それらしいことできなくて」
「・・・ううん、そんなこと絶対ない」
「嬉しかった。がああやって僕の隣に来て笑ってくれたり、叱ってくれたり、全部全部、僕の中では光ってる。ちゃんと、一つ一つ光を出して」
なんか、変かな?僕、そう言って彼は笑った。私はその笑顔に少し心を痛めた。ぎゅっと手を握り締めてから光を見据える。
「光の名前の通りだね。光の名前は光にぴったりだよ」
私は笑って光から目線を逸らす。そして足が疲れてきたのか立ち上がってもう一度振り続く雨を見つめた。光も一緒に立ち上がる。最後の私の言葉には反応もくれないで無言で。それに不安がっていたら光は急に私の名前をいつもとは違う暗い声色で言った。私は顔を上げて光を見る。光は目線を合わせてはくれなかった。
怖い・・・
どうしたの?
すぐ後ろの壁に私を乱暴に押し寄せ、光が手をついて目の前に立つ。私は吃驚して光を見る。光は今にも泣き出しそうな、そんな潤んだ目で私を見る。先ほどまで、笑っていたのに、すぐにそんな顔。私まで泣き出しそうだった。
「・・・光・・・?」
光は私が名前を呼んだ瞬間目をかっと大きく開いた気がした。私は吃驚して目を伏せる。
何を考えているの?
どうして、そんなに悩み抱えるの?
私に、言ってくれたっていいじゃない。
「光、泣かないで・・・?」
咄嗟に出てしまった言葉はきっと光の耳にも届いただろう。私は目線を上げられないまま光の返答を待った。だけど、何も聞こえてこない。
今助けてあげられるのは、私だけ。
私は、何度彼らに助けられたか―・・・
それを思うと、心がすごく痛んだ。
きっと光は荷物の重さに耐え切れていないのでは・・・?
支えてあげなきゃ、そう思った。私はぐっと拳に力を入れてから光を見上げた。そしてもう一度言う。
「泣かないで?」
そっと、壊れやすい物を触るような手つきで光の額に触れる。光の額は冷たくて、生気をあまり感じられなかった。それでも、私の手で触れても光の顔が和らいだりはしなかった。ただ、かっとなっていた目がだんだんと閉じてきて普通の目に戻る。だけど、その目からは涙が零れ落ちそうで私はそれから目が離せなかった。こんな光、初めてだ。
「光・・・言いたい事、あるなら言っていいよ?相談だって乗る。だから、私と同じように光も自分のこと、もっと私に話して?」
光はより一層顔を曇らせた。私はそれを見て不安になって額に触れる手を離した。離れる自分の手が震えて見えた。
「ダメ」
光はそう短くだけど口を開いて私の手を乱暴に握った。そして自分の額へと持っていく。再び、光の額に私の手が触れる。私は一瞬にしてそんな光の虜になったかのようにまじまじと彼を見つめた。彼は気づいたら涙を微かに一筋だけ流した。
「泣かないでって言ったのに・・・」
「ごめん、今の僕には無理だった。我慢できない」
そんな光を今までの私なら、真っ直ぐ受け止められたか・・・
わからない―・・・
きっと心の中でどこか許しきれなかったと思う。
だけど、何かが変わったみたいに今はちゃんと真っ直ぐに受け止められる。
私はぼうっと光を見上げる事しかできなかった。だけど、それでも成長した自分にちょっとだけ感動した。そして、素直になった光に少し安心した。
「なぁ、」
「何?」
「これから、もっといろんな事言ってもいい?」
それにどんな意味が隠されているかはわからなかったけれど、私は大きく頷いた。
「あれー?光とさん!ここにいたんだ!」
と、ふとハルヒの声が聞こえた気がした。私はそっと光の額から手を離し光の体から顔を出して覗きこむとハルヒと馨が歩いてきた。外は雨がまだ降っている。2人はそれなのに余裕そうに傘を差してゆっくりと歩いてきた。
「ハルヒ、馨!」
私が駆け寄ろうとしたらもう光が先にそちらへ行った。私は後ろからとぼとぼとそれについていく。屋根から出た瞬間無数の雫が私の頭を打った。顔を上げてもう一度雨を確認する。心はもう十分雨なんか降っていなかったんだ。
「もうー心配したんだよ?」
「光とがついて来てると思ったらさ後ろにいなくて」
「ごめん、僕らも気づいたら2人がいなくて・・・」
3人で喋っている声が少し先で聞こえた。私はそれには加わらずただ降り続ける雨をじっと見つめた。
雨のようにいつかは止むような希望を捨てずに2人の背中を追うことは決して無謀なんかじゃないんだ。
シロツメクサ
(約束するから)
--------------------------------------
120314