もっと、君は近くに居たはずだった





















ハニー先輩とモリ先輩の弟さん発覚疑惑について私が口をあんぐりあけて見ていると、馨は私の背中を押してぐいぐいと準備室の扉の前まで連れてきた。私は振り返って馨を見る。





「馨!」



「お話したいならあとでネ」




馨はにやりと笑ってドアを開けた。そして軽く私の背中を押して、中に入れるとドアをゆっくりと閉めた。ああ、またこの退屈な時間だ。先週やりかけた仕事が溜まっているのだ。入部させてもらっているのだから、これくらいちゃんとやらないといけないのに、今日は何故かやる気になれなかった。



馨に、抱きつかれたから?デートに誘われたから?弟さんを見たから?どれも、当てはまらない。一体なんなんだろう・・・



そんな無茶苦茶な気持ちが交差する中、私は溜息というお札を心に貼り付けるかのようにした。それでも、収まらない。溜息だけじゃだめかと思い、ぐいっと伸びをする。伸びていると、たくさんいろんなことを思い出した。とりあえず、藤岡君にタイミングが掴めず謝れなかったことをあとで言うのと、馨の願い事の4つを見つける事、それから・・・






先輩ですか?」





ふと、聞き慣れない声が私を呼んだ。振り返ると、そこには先ほど会ったばかりのハニー先輩とモリ先輩の弟さんが立っていた。私は吃驚して書類を落とす。どうしよう、ここにいるの見られた・・・もしかしたら噂が広まってしまうかもしれない・・・。私は書類を拾いながらぐるぐると思考回路を巡らせた。すると、すっと二人の影が私の前に振ってきた。はっと我に返った頃にはモリ先輩似の方の少年が笑って私に落とした書類を渡してくれた。私は愛想笑いしながらそれを震える手で受け取った。




「ねぇ、モリ先輩の弟さん?」



「あ、はい!俺ですか!?」




モリ先輩の寡黙とは真逆の性格だ。一瞬にしてわかった。私はなんだか安心して笑いかける。すると、モリ先輩の弟さんは笑ってくれた。




「私と一回保健室で会ったよね?」




「あ、はい!覚えてます。去年確か・・・」




「あの時、運んできたのってハニー先輩の弟さんだったよね?」





そう言いながらもう一方の少年を見上げた。彼はそっぽを向いて部屋を出て行った。なんだか、初めて見た時と一緒だった。





「靖睦!なんだよその態度は!先輩に対して




靖睦君、というのだろうか。私は立ち上がって彼を見る。彼は恥ずかしそうに俯いた。




「光邦の弟、なんて言わないで下さい」





彼はそれだけ言って部屋を出て行った。なんだろう、彼に私は気に障る事をしたのだろうか。私は彼が出て行った後をじっと見つめた。と、隣にモリ先輩の弟さんが顔を出した。





「すみません、あいつちょっと情緒不安定で・・・」



「や、ごめんね。私こそ何かしちゃったんじゃないかな?」



「いえ、!さ・・・あ!すみません」





普段、崇兄が言ってるもので・・・彼はそう付け足して恥ずかしそうに笑った。そうなんだ、モリ先輩は私のことを弟さんに話してくれているのか。私ははっとして弟さんを見つめた。弟さんは何か勘違いしたようで、何度も頭を下げてきた。




「あ、いいよ、全然。でもいいよ?」



「え、いやそういうわけには・・・あ、ではさんと呼ばせてください」



「いいよ。あ、そうだ、なんていう名前なの?」



「俺は悟と言います」






照れくさそうに笑う彼に私はよろしく、と小さく笑った。そして私はソファーに腰掛け書類を見つめた。と、数秒そのままを保っていたが、彼がまだ私に何か用があるようだったので、顔を上げると彼は笑って私を優しく見つめた。そういうところ、モリ先輩に少し似ていた。性格とかは真逆かもしれないけれど、兄弟ならちゃんとどこかで繋がっている。




「それ、大変そうですね」



「あはは、でも仕事なんだ。私、女子じゃない?だから、こういうこと任せてもらえないとホスト部にいられないんだ」



「そう、ですよね・・・あ!でも俺誰にも言いませんよ!?」



「え?」



「こうやってホスト部にいるの、バラしませんよ」






必死になって言う姿がなんだか昔の光と馨を思い出してしまい、可笑しくてぷっと噴出した。彼は照れくさそうに俯いた。





「ありがとう、悟君」




こうやって、人の笑顔を見るとパリにいたころスタッフさんに言われた事を思い出す。あの時言ってたこと、嘘じゃなかったんだ。私もやっぱり、みんなに幸せを、笑顔を与えられる人になりたいんだ。











「あ、あの!さん!」



「ん?」



「よろしければ、お手伝いさせてください!」



「部活はないの?」



「あ、・・・ないですよ!あはは、」





私は手に持っていた竹刀がすごく気にかかったけれど、悟君の笑顔に負けて頷いた。




























「あー、ハルヒと光。遅いじゃん」




「ごめんな馨。ちょっとだけハルヒに扱使われた」




「人聞き悪いなぁ・・・光がついてきたんじゃんよ」






馨は笑いながら2人を見た。光はそんな馨に心配そうな顔で尋ねた。





「なぁ、はちゃんと来た?」



「うん、途中で会ったから一緒に来たよ」



「そっか。何か言ってなかった?」



「別に?」





やっぱり、光は馬鹿だ。何かを言っていたとしても言うわけが無い。馨は心の中で光を少し笑って表面では素直に頷いた。光は安心してソファーにどかっと腰掛けた。ハルヒはそれを見てからのいる準備室へと目線を移す。





さん、今日一度も喋ってないな・・・」



「何、ハルヒに用事あるの?」



「いや、ただちょっとした誤解をさんにさせてしまった気が・・・」



「気にすること無いよ、僕からちゃんと言っといたから」





馨はそう言ってぽかん、と口を開ける光とハルヒを置いて、鏡夜の元へと向かった。






















「なぁ、ハルヒ」



「光、自分も思った」



「「馨、なんか変だよね」」
















































さん、これでいいですか?」



「ありがとう、わ、もしかして終わったかも!?」



「わー良かったです。役に立てていやーよかった!」




悟君は笑った。私もつられて笑う。竹刀にはちらちらと目がいっていたけれど、悟君みたいな、何事にも集中しているちゃんとした人なら部活があるときはこんなことしないだろう、と安心した。私はソファーから立ち上がって自分のカバンを開けてごそごそと何かお礼になるものはないかと漁った。すると、コロン、と飴玉が転がってきた。見慣れない飴玉だったけれど、それを私は自分で持ってきたものだと思って悟君の元へと歩いていく。そしてゆっくりとそれを差し出した。




「え?」



「お礼、これしかできないけど、ありがとね」



「い、いいんですか!?ありがとうございます」



「そうだ、靖睦君いいの?」



「ああ、あいつは平気ですよ」



「あのさ、謝っておいて貰えないかな?」






気に障るようなことを無意識に言っていたのなら、申し訳ない事をした。私は苦笑いして悟君を見た。悟君は溜息をついて少し目を細めて言った。




「あいつこそ先輩にご無礼を・・・」




「ううん、私が悪いみたい」




「じゃあ、とりあえず俺から言っておきます」




「ありがとう」






そう言って時計に目をやる。もうミーティング始まっているかもしれない。だけど、別れを言うタイミングが切り出せず、少し焦った。と、ふとドアが開いた。顔をそちらへ向けると光と馨がひょこっと顔を出した。





「「ー、そろそろ」」




「あ、ごめんね。今行くよ」




「っていうかさ、モリ先輩の弟じゃん」




「何してんの?こんなとこで」




「あ、いや俺邪魔でしたか!?ごめんなさい、今日は帰ります!」





悟君は慌てて竹刀とカバンを持って部屋を出て行った。私が声をかけようとしたら悟君はその前に私の方を振り返って笑いかけてくれた。





さん、また今度お話しましょう!」




「あー、うん!」




私が手を振っていると悟君は満足そうに笑って廊下をかけていった。彼の姿が見えなくなると私は書類を片付けようとくるりと向きを変えようとした。が、光と馨の手が首に回っている。





「「ちゃーん?」」




「彼とは」



「どういう関係なのかな?」







いやな予感的中だ。私は溜息をついて2人の手を振り払う。そして書類をまとめながら口を開く。





「別に、悟君に書類を手伝ってもらってて



「へぇ、そういうのってアリなんだ」



「鏡夜先輩にチクるよー?」



「いや、だって悟君笑顔で言ってくれたから・・・つい・・・」





私が口を噤むと2人はつまらなそうにふーん、と呟いた。そして光が私のカバンの中をごそごそと見ていた。私はそれに気づいて光からカバンをひったくった。




「あれー?、飴玉はー?」



「この前あげたやつ、食ったの?」




光の隣にくっつく馨。私は2人が一緒になって近づいてくることで初めて恐怖感を覚えた。今回はそれだけじゃない。不安感と焦りも一緒にくっついてきた。




「た、食べたよ?さっき・・・」




しまった、ウソ、ついてしまった。でも今から訂正するのもおかしい。私は俯いて光と馨の目を直視できないようにした。




「ふーん、おいしかった?」




「う、うん」




「あれ、限定品だからどこにも売ってないんだよ」




「へ、へぇ・・・」





苦しい、心が。光や馨なんて平気で人にウソをついてきたじゃないか。同じ人間なのに、同じ事を平然としてできないなんて、少し変だ。私はぎゅっと胸の前で手を握って俯いたままだった。





「まぁ、いいや。行くよ」



「先輩達待ってるからさ」



「う、うん・・・」




















思い出した。ウソをついてはいけないって、お母さんにお姉ちゃんが怒られていた事。今度は私が怒られる番だ。そして今まであまりウソをつく機会なんてなかったから、ウソになれていない自分。光や馨は平然と言っているけれど、私には上手くできない。こんな風に、ウソをつくときは胸がきゅってなって苦しくなるものなのだろうか。そして、こんなにも些細なウソでもすごく後悔している。






私は小さく光と馨の背中にごめんね、と本当に消えそうなくらい小さく呟いた。







だけど、嫌な予感って当たるから回避したくて




















(悟君、ねぇ・・・)(さん、ねぇ・・・)





















ジョーカーが姫を狙っている。







さぁ、甘酸っぱい遊戯の始まりだ













セルリア


(それは楽しく、過酷な遊戯)




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120320