部室へ入ったとたん、視界に入ってきたのは環先輩の満足そうな笑顔だった。私はそれに躊躇って一歩後ろに下がる。環先輩は不思議そうに首を傾げて、私に何かを差し出してきた。よく見ると、それはくまのぬいぐるみだった。




「これ・・・」



「そうだ!くまちゃんなのだ!これを、失くしていたんだが、今日!を見て思い出したんだ!準備室の棚にあると!、ありがとう!俺のくまちゃんを救ってくれ「「はーい、殿ウザい」」




環先輩の差し出した手を軽く叩いて光と馨は私の前を行き、藤岡君の隣にえらそうに座った。環先輩は怒ったような顔をして2人を見る。




「おい、なんなんだその態度は!しかも、娘の隣に兄達が座る権利はなーい!」



「「父だってそんな権利持ってないよー」」



ふーんだ、そんな感じにつっぱって2人は同じタイミングでそっぽを向いた。環先輩は手を震えさせて今にも五月蝿くなりだしそうだった。私はその手を咄嗟に掴んで環先輩を止める。




「先輩、気にしないでください。あの2人さっきからおかしいんですよ」



「はぁー?僕ら全然おかしくないし」



「つーか、どっちかって言うとの方がおかしいっつーの」




私はそんな2人の言葉には耳にも入れないで環先輩を見上げた。環先輩は空気が抜けたみたいに頷いたかと思うと、いきなり手を叩きだして皆の視線を集めた。切り替えが早い・・・



「さーて、これよりミーティングを開始する!各自反省を述べよ!」































「藤岡君、」




ミーティングも無事終わり、私は部屋を颯爽と出て行く藤岡君の袖を引張った。藤岡君は、こちらを不思議そうにそしていつもと同じように優しく振り返った。





「あのさ、昨日はごめんね。つまらなくさせちゃって・・・」



「あぁ、あれですか。全然気にしてませんよ。むしろ自分が悪い事をした気がして・・・すみません」



「あ、ううん、藤岡君は全然悪くないよ!」





思い出した。光の言葉。あれはおあいこ、だって言ってた。だけど、それってなんだか安心させてくれるための言葉のあやだったんじゃないかと藤岡君の顔を見ると思ってくる。






「とりあえず、自分は平気ですから」



「うん、ごめんね。本当に」





藤岡君は首を振ってから私に「じゃあ・・・」と切り出した。私も手を振って藤岡君に笑いかける。すごく、藤岡君の笑顔って安心する。だけど、あの時あんな風に見透かされた瞬間どうして刺さるような痛い気持ちになったんだろう。藤岡君の笑顔を見るたび、不思議になってくる。私は溜息をついて部室を振り返った。すると、そこには鏡夜先輩が本を読んでいるだけで、他の部員は一人もいなかった。さっきまで騒がしかったのに。





「鏡夜先輩、」




「あぁ、光と馨なら帰ったぞ」




「・・・そうですか」





私も・・・そう鏡夜先輩にも会釈して部室を出た。春なのに、冷たい風が私の髪を攫おうとする。私は髪を押さえ歩き出した。いつも、隣にいた光と馨がいない放課後は高校生になって始めのころ以来だ。私は溜息をついた。





やっぱり、いないと私の世界は死んでいるみたい。






馨に言った事、本当だった。2人の笑い声を聞かないと私にも活気がなくなってしまう。本当に、帰っちゃったのかな・・・?なんだか心配になって私は校門の前で待つことにした。









校門に辿り着くと私の車はまだ来ていない。勿論、他に車の気配などなく、双子の送迎車もなかった。帰ってしまったのだろうか・・・私は携帯を取り出して光と馨に電話をかけようと試みた。ボタンを押すと向こうには繋がらなくて留守電のサービスセンターだった。私は溜息をついて携帯をしまうとぼんやりと空を眺めた。








「私、変なことしたかなあ?」









まるで喧嘩をしたみたいな、そんなもやもやとした気持ちに私は苦しくなってぎゅっと手を握った。やはり、ウソをついたのがよくなかったのだろうか。2人ともすごく怒っていたらどうしよう、なんて謝ればいいんだろう。今まで、謝るなんてことあまりしなかった。いつも2人が普通に接してくれて変に安心して気づいた頃には元通りの接し方で、日常を過ごしていたのだ。それが今まで私を甘やかしていたのかもしれない。





私は溜息をついて花壇のレンガに座り込んだ。こんなところ、先生に見られたら怒られるかもしれない。だけど、それよりも・・・

































「「お嬢さん、そんなところに座らないの!」」




















聞きなれた声が上で聞こえた。ゆっくりと顔を上げると、そこには光と馨が意地悪そうに笑って立っていた。私は安心したような顔をしてからスカートを手で払って立ち上がる。





「なんだ、やっぱりいたんだ。何してたの?」




「「べっつにー?」」




「何それ・・・?」



「「いーの」」






私は溜息をついて光と馨を交互にみた。ほら、また平然として私に接してくるから謝るタイミングだって逃す。人のせいにするのはよくないことだってわかっているけれど、だけど、中々タイミングをつかめない。私が俯いていると、光と馨は笑いだした。




「なんで待ってたの?、」




「先に帰っちゃってるっていう思考はなかったワケ?」




「あったけど・・・」





正直心配だったし、不安だった。だけど、一緒に帰りたかったっていう少しの希望を私は胸に持っていたんだ。私は顔を上げて光と馨を見た。2人も息詰まったような顔になる。




















「だけど、一緒に帰りたかったんだ。やっぱり私の世界って光と馨がいないとダメだった」




















こんなこと、言わなきゃいいのにって思った。だけど、言いたかったんだ。ずっと、ごめんなさい、はまだ言えないけれど、これならちゃんと言える気がしたから。光と馨は口をあんぐり開けて私を見た。私も言ってから恥ずかしさがこみ上げてきて、思わず顔を手で覆った。そして次に涙も一緒にこみ上げてきた。恥ずかしくて泣きたいのもあるし、光と馨の反応が怖いのもあった。





さ、」




「期待しちゃうよ、それじゃあ僕ら」




「え・・・?」




「「だから、僕らどーすんの?調子に乗っちゃうよ?」」







指の隙間から光と馨が私の顔を覗きこむのが見えた。私は耐えられなくなって違う方向を向く。すると2人はおもしろがったような声で私の顔を再び覗きこんだ。






「いーの?調子に乗るよー?」



「いーの?僕ら、期待しちゃうよ?」



「「ねぇ、いーの?」」






私は耐え切れなくて顔を覆う手を外して2人をぐっと見つめた。2人は私の目に溜まっている涙と染まっている頬を見て微笑む。それはもう、悪戯とかじゃなくて、自然と。





「「・・・いいんだ」」




「うん・・・」





私が静かに頷くと2人はにかっと悪戯に笑って私の髪をくしゃくしゃ、と撫でた。私はやめて、と足掻いただけど2人はやめてくれるはずもなく、ただ闇雲に私の頭を撫でていた。





「ねぇ、、僕らがさ、」




唐突に真剣な声で馨は言った。それに続くのが光だった。




「口もきかないような仲になったらどうする?」




「え・・・?」




真っ直ぐと私を見据える2人の目が私は怖くて胸が痛んだ。私は一瞬状況が掴めていなかったので、小さく声を漏らした。なんだか、しょうもないような、そんな声で。



一瞬、嫌な予感が過ぎったのを掻き消したいだけだったのかもしれない。私は俯いてから考えた。いつもなら絶対に言わないそんなこと、どうして言うのだろうか。







「何言っ「「答えて」」





私は下を見ながら言おうとしていることをめいっぱいの早さで整理した。そして顔を上げる。2人を見据えると声が声にならない気がしてならなかった。





















2人に、そんなこと絶対ないよ。うん、あるわけない」




















すると、2人は一瞬止まってから笑い出した。私はそれに疑問を感じて首を傾げる。




「「らしいね」」



「だって、おかしいよ、そんなこと聞くなんて」



「「いや、今の参考だから、別に深い意味はないよ」」



「・・・何の参考?」



「「さぁね」」






2
人は笑って歩きだした。私は棒立ちして歩き出した2人の背中を真っ直ぐ見つめた。本当に、そんな風になったりしないよね?







「さ、帰ろうか。車呼ばなくていいよ」



「僕らが乗せて上げる」



「ありがとう、じゃあ執事さんに連絡するね」






私は携帯を取り出した。不安でしょうがなくて携帯のボタンを押す手が震えていたのは光と馨に見えていなかっただろうか。



































「ねぇ、光、さっきは驚いた。正直」



「馨、驚いたの?なんで?」




が電話をしている最中光と馨は顔を見合わせた。馨は光の顔を見てから溜息をついた。



「だって、ってあんなに芯が強かったなんて思わなかった。僕の予定では、あそこでは泣くってことだったんだけど・・・」



「まぁ、それはありえないわけでもないけど、なら僕らにぴったりの返答してくれると僕は思ってたけど?」




馨ははっとして光を見た。光は顔に?マークを浮かべてそんな馨を見た。馨は笑って俯く。




「そう、だよね」




光は頷いた。馨の顔に少し曇りがかったのも知らずに。光は何かを思い出したのか突然大声を上げる。



「あ!」



「ん?どうしたの?」



と弟君のことなんだけどさ、」



「あぁ、あれね」



「「絶対怪しいよな」」





2
人は顔を見合わせて笑った。そして馨が笑うのをやめて光の耳元に近づく。




「僕にいい考えがあるんだけど」



「ん?馨に?珍しい・・・で?」



「あのね・・・」






































ゲーム開始のベルはもう鳴り止んだ













アゲラタム



(きっと波乱の恋の予感)








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120321