杖を振ってキラキラと降り注ぐ魔法はどんな魔法?
「あれ?いないや・・・」
光はちょっと用事があるから、そう言って途中で別れた。一人で鏡夜先輩達を探す私は校内をある程度一周してやっと部室へ戻ってきた。誰も・・・いない。擦れ違って出て行ってしまったのかも。いろんなことを考えて私は部屋にあるソファーに座った。「ふぅ」と溜息をつく。周りを見回すと懐かしいものがいっぱい置いてあった。綺麗なピンク色のティーセット(初めてお茶を出されたときのもの)環先輩愛用のくまのぬいぐるみ。いろんな写真をファイルしてある黒革のノート。(多分、鏡夜先輩の私物)どれも懐かしい。だけどどこか新鮮で。私は嬉しくて仕方が無かった。こんな風に、迎えてくれるのは滅多に無いことだから。それに、双子に抱きしめて貰えた時、私は本当に感動していた。あんな風にしてもらえる時がくるなんて一生ないと思っている自分が馬鹿らしくなるくらいに。そんな風に、感動と喜びに浸っていると、風が吹いた。カーテンがふわりとなびく。私はそれを見てから今度は天井を見上げた。
「・・・ねぇ、無視してるの?」
「え?」
「僕だよ、馨」
「何処にいるの?」
「馬鹿だね、。天井ばっかり見てちゃ僕は見つけられないよ。永遠に」
(そう、永遠にね・・・)
そんな風に一瞬だけ馨が切なそうな顔をしたのには私が気づくはずも無かった。
私ははっと顔を真正面に向けた。何も無い・・・何処だろう。キョロキョロしていると再び馨の笑い声が聞こえた。
「、下見てみなよ」
そう言われて下を見る。するとソファーの横からしゃがんで馨がやってきた。私は吃驚してソファーから立ち上がった。馨はそれを楽しそうに見て笑った。
「馨!なんでそんなところからっ」
「いや、出るに出れなかったんだよ」
「が、思い出に浸ってるような顔してるから」。笑いながら馨は付け加えた。相変わらず、悪戯っぽいのが滲み出ている馨。私は溜息をついてもう一度ソファーに腰掛けた。すると馨は不満げに私をじっと見下ろしてきた。
「・・・何?」
「、立って!見せたいものがあるんだ」
「?」
「早く!」
ぐいぐいと私の腕を引き寄せ無理やり立たせようとする馨に私はされるがまま立ち上がろうとした。と、その時体勢を崩して私は前に倒れそうになった。馨は目を大きく見開いて吃驚していた。だけど、しっかりと受け止めてくれた。抱きしめるような、そんな形で。
「馨、ごめん・・・」
「いや、いいよ。っていうか大丈夫?」
「うん・・・」
「こっちこそごめん、無理やり・・・」
「いいよ」
なんだか微妙な雰囲気だ。抱きしめられている腕から離れることができないような。
私は馨の腕の中で俯いた。馨はそれに気づいてか、私の名前を呼んだ。顔を上げると馨の笑顔がそこにあった。
「あの・・・馨?」
「おかえり」
「え?あ、ただいま・・・」
また、タイミングを逃す。馨は私をぎこちなく抱きしめたまま固まっている。何かを考えているような、そんな感じで。
「・・・本当はさ、僕・・・は向こうにいて欲しかったんだ」
吃驚した。先程抱きしめられた事からは想像できない言葉だ。私は目の前が真っ白になった気がした。
「が帰ってくると魔法が解けるのが早まって、12時まで魔法がもたないんだ」
「・・・馨、何言って・・・」
「・・・でも、僕ってさ矛盾してる人間だからがこうやって近くに居ると手放したくなくなるんだ」
「本当勝手だよね・・・」苦笑いする馨に私は何も言えなかった。そうか、馨は私に帰ってきてほしくなかったんだ。私がいなかった数ヶ月、何があったかはわからない。だけど、馨にはとてつもなくダメージを与える何かがあったんだ。私は再び俯いて馨の胸にコツン、と頭をぶつけた。
「・・・ごめん」
「いや、悪いのは僕なんだ。自分勝手で、器が小さくて、こんな我侭言ってるのだって・・・「私・・・」
今の私にできることは、
「私、馨に迷惑かけないようにするから。だから、日本にいていい?」
これだけ。
「・・・・・いや、ずっといていいんだよ?僕なんかの意見なんて聞き流してくれていいから」
「うん・・・」
頷いているけれど、心は脆く、凍りついた。そうか、馨はそんな風に思っていたんだ。今まで気づいて上げられなかった私を許して、私は小さく心の中で馨に言いかけた。軽く馨の胸を押して腕から離れる。私は恥ずかしくて俯いた。馨は困ったような顔をして私の頭を撫でた。
「・・・もしかして、勘違いしてる?」
「は?」
「一緒に居て欲しくないわけじゃないんだよ?むしろ、一緒にいて欲しいんだけど」
さっきと言ってる事違う・・・私は馨の顔を見た。馨は私の謎めいた顔をみて笑った。より一層恥ずかしくなった。
「だって、魔法解けちゃうんでしょ?」
「うん、でも言ったじゃん、近くに居たら手放したく無くなるって」
「じゃあ・・・」
「そうだよ、我侭だよ。僕は。だからね結局は時間なんて関係ないのかも。ごめんまぎらわしかったね」
安心したのか、私は力無く笑った。なんだか、わけがわからない・・・。魔法って何?それって、馨の空想の世界?馨は笑ってコツコツと前を歩いていった。何か、変わったなあ、馨の背中ってこんなに寂しかったっけ?
「馨!」
意味も無く名前を呼んだ。馨は平然として振り返った。別に用なんてないけど、ただどこかへ行ってしまうような、彼自身が魔法だとしたら馨の魔法が解けるのも時間の問題だ。
「あの・・・さ、いなくならないでよ!光だって寂しがるし、みんな寂しがる・・・」
「何言ってるの?いなくなるなんてありえないから。心配しなくていいよ」
そう言い聞かせられても心の秒針が速く鳴る。焦る心が私の口を動かす。私はぎゅっと拳を握ってそれを抑制しようとした。だけど、抑えられない・・・帰ってきて早々、悲しい事で泣いてしまいそうだ。
「じゃあさ、ゲームしようか」
馨が向きを変えて私の前に立った。私は泣きそうになるのを堪えて顔を上げた。馨がいつもの様に悪戯笑みを浮かべる。
「ゲーム?」
「そ。長期戦で」
「何の?」
「僕の中にはね、5つの願い事があるんだ。それをが全部当てるの」
馨が指を立てて説明しだした。5つの願い事?それを私が当てる?よくわからなくて私が戸惑っていると馨は私の肩をポンと叩いた。
「ちゃんと、ご褒美あるよ?」
「何それ・・・」
「教えて欲しい?」
「うん」
ただ、普通に頷いただけで馨は大きく目を見開いた。私が馨の目を見て「どうしたの?」と訴えかけると馨は周りをキョロキョロしてから私の耳元に顔を近づけた。
「何?」
「最大の真実、教えてあげる」
馨がクスっと笑って私の目を捕らえた。「最大の真実」一体何なのだろうか。と、その時ガチャっとドアが開いた。馨が振り返る。私は馨の背中から顔を覗かせ見た。するとそこにはノートを持った鏡夜先輩が立っていた。やっと会えた・・・私は駆け寄って「鏡夜先輩!」と大声で言った。
「帰って来たんだな」
「はい、お陰様で」
「・・・背、伸びたんじゃないか?」
「そう、ですか?」
「とりあえず、無事で何よりだな」
「鏡夜先輩、何も変わって無いですね」
そう言って笑うと鏡夜先輩も口元を歪めた。ふと、馨が気になったので振り返ると、馨は後ろを向いていた。
「あ、そうだ!私、理事長に言いに行かなきゃいけないことがあったんだった!」
「もう挨拶しにいったのか?」
「はい、先程・・・だけど、詳しい話はまだしていないので」
「そうか、明日から学校へ正式編入するんだな?」
「はい、一応1−Aに入ることになってます」
「では・・・」そう言って私はドアを開けた。馨は姿勢を保ったままだった。鏡夜先輩はすこしだけ笑っていた。
5つの願い事、
「・・・鏡夜先輩・・・いつからいましたか?」
「ああ、が一人でいた頃からだな・・・」
馨が小さく呟いたかのように言うとちゃんと返答が帰って来た。馨は鏡夜を振り返って照れくさそうに睨んだ。
「全部聞いてたってことですよね?」
「そうだな」
「あの・・・」
馨は窓の外に視線を映した。カーテンに遮られて空が小さく見える。
「光にはこのこと、言わないで下さい」
「わかっているさ、『魔法』が解けるのが早まるから、だろう?」
鏡夜がにっこりと笑うと馨は俯いた。こんなにも、我侭を言っている僕はなんなんだろう、と追い詰めるかのように。
「我侭・・・ですよね」
「いや、それは誰もが思っていることかもしれないぞ。案外光だって・・・」
「・・・それはないです。光馬鹿だから」
「結構酷いことを言うんだな、馨は」
「すみません、ただの願望でした」
もしも、光に自覚があったら今のままではどうなってしまうのだろうか、想像もできないくらい酷い状況にを巻き込む可能性がある。だけどそれはもう承知しているんだ。が帰って来たところでもう・・・。馨はもう一度カーテンに遮られた空を見た。この名前もつけられないもやもやをなんというのだろうか。きっとこれは僕らが経験した事の無い感情だ。いつもならこんなことさえもゲームにしてしまう僕らなのに、それができない。
「じゃあ、馨。教えてもらおうか?」
「?」
「その馨の考える『魔法』と『5つの願い事』を』
鏡夜の笑いに馨は仕方なく溜息をついた。そして天井を仰いだ。
「僕の考える『魔法』と『5つの願い事』は・・・」
理事長室へ向かうとそこには先ほどと変わらず優雅に理事長が腰掛けていた。
「嬢、君はホスト部に入部していると言ったね?」
「あ・・・はい」
「そこではどういった役割を任せられているのかな?」
正直、仕事なんてしたことがなかった。そんなの部員って言うのかも分からないし、正式に決めたわけじゃない。ただ、勝手に決定して毎日みんなと話しているだけ。私は俯いて口を噤んだ。
「・・・何もしていないなんてことはないだろう?」
「・・・あの・・・すみません」
「どうしたんだい?君、部員なのだろう?やっていることを言葉にすればいいんだ」
「仕事らしいことは・・・してません。ただみんなと楽しく過ごしているだけです」
一瞬理事長の顔が曇った。私はそれを直視できなくてそっぽを向いた。本当に私って何もやっていなかったんだ。改めて実感して自分がいつも以上に小さく見えた。
「じゃあ、君は一体・・・、何のためにホスト部にいるんだ
「・・・っ」
何のために・・・。今まで考えたことが無い。私は本当に崩れてしまいそうだった。ああ、こんなことなら部員じゃないと言っておけばよかった。
「申し訳ないが、これから一ヶ月は監視させてもらう。これは両親からのお願いでもあるんだ」
両親という言葉を聴いて私は思わず拳を握った。なぜ、ここまでされなくてはならない。日本に都合よくつれ戻して・・・、きっと私を商売道具としか思っていないのだろう。何故私はどこにいても両親の監視下にいなくてはならないのだろう。誰と仲良くしたって関心なんて無いくせに。別に私のことが知りたいのじゃなくて、仕事に支障をきたさないかどうかしか考えていないのだろう。だめだ、このままここにいると怒りと悲しみがこみ上げてきてしまう。私は俯いてゆっくりとした足取りで部屋を出た。ドアを開けると目の前に環先輩が立っていた。
「先輩?」
「・・・どうしたんだ!?涙が出ているぞ」
「あ・・・れ・・・?」
自分で頬に触れるといつの間にか涙が頬を伝っていた。私はおかしいな・・・と言いながら環先輩を避けて逃げてしまおうとした。だけど、環先輩は私の腕を掴んで私を離さなかった。
「先輩・・・」
「父さんに何か言われたのか?」
「いえ・・・」
「、こういう時は言っていいんだ。たとえそれが俺の父さんであっても」
環先輩の目が直視できなかった。背中にくるドアの隙間からの環先輩のお父さんの視線が痛い。私は唇を噛んで思いっきり環先輩の腕を振り解いた。
「どうして、優しくするんですか!?そこは怒るところじゃないんですか?」
「怒るところ・・・?何故?」
「・・・・・・・っ、だからあんな風に言われちゃうんだ・・・」
「・・・・・・?」
私は思い切って廊下を一直線に掛けだした。環先輩は追ってこなかった。当たり前だけど。
「やはり、そういう危険人物だったか」
ペンタス
(もう、私にゲームを受ける権利なんてない)
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