がんばれる、だから、一緒に
庭に出ると、剣道部の中学生らしき人影を見つけた。私は走って彼を探した。すると、やっぱり、ひと目で分かった。悟君は竹刀を持って勇ましい顔をして部員を見ている。そういうところ、運動部って格好いいよね、なんて感心してしまった。私は首を振ってから悟君の名前を呼んだ。
「―っ、さん!?」
「ごめんね、練習中だよね・・・あのさ、竹刀、どこかで失くさなかった?」
すると、悟君は首を振って不思議そうに私を見つめた。私は目を見開いて後ろへ一歩下がる。
「いえ、今手に持ってるのが俺の竹刀ですけど・・・」
「え・・・だってほら、失くしたりしなかった?その竹刀は代わりのものじゃ・・・」
嫌な予感と同時にあることが発覚してしまった。
そう、
双子には「嘘」という武器があった。
「あの―・・・さん?」
「ご、ごめん、勘違いだったみたい。じゃあ、頑張って」
恥ずかしくて早く逃げてしまいたかった。
「さん、どうしたんだろう」
走っていく彼女を見て悟は呟いた。と、その時後ろから誰かに足蹴りをくらい、悟はその場に倒れた。
「ってぇ・・・」
「おーまーえ・・・」
「靖睦?!」
靖睦は溜息をついて倒れこんでいる悟の前にしゃがみこんだ。そして頭を叩く。
「お前ってやつは―・・・早く部活に集中できるようになれよ」
「俺はいつだって集中してる!靖睦こそ、こんなところで何してるんだよ!」
「馬鹿か、お前。さっき、先輩に会った」
靖睦は手を差し出して悟を起すときっ、と睨んだ。悟は戸惑って後ろへ下がる。
「―で?」
「お前、早くしないと捕られるよ?」
靖睦は歩き出した。悟は何のことだかわからないような顔で靖睦の腕を掴んだ。
「何の事?」
「―っ、お前、いっぺん谷底へ落ちろ!」
靖睦は肩にかけていたタオルを悟目掛けて投げつけた。そして走ってから悟を振り返って指をさす。
「自分の気持ち伝えないと先輩、すぐに捕られるって言ってんだよ!」
「あ―・・・」
プツン、と何かが切れた
結局双子の思うツボだ。でも、安心した。竹刀を盗んで隠したりしていないことがわかって。光と馨のことだから、さすがに・・・そうは思っていた。だから安心も大きいのかもしれない。だけど、怒りはまだ収まらない。どうして、あんなことを言ったのか。そんなことを考えてボーっと歩いているとふと誰かにぶつかった。
「何サボってるんだ、お前は」
「鏡夜先輩、すみません。ちょっと野暮用が・・・」
鏡夜先輩は私の腕をじっと見つめた。草むらでただ切っただけなのに、ぐるぐると包帯を巻かれている。鏡夜先輩は顔を上げて私をじっと見た。
「何をしてたんだ?モリ先輩がすごく心配してたぞ」
「あー、いや、もうなんなんですかね。光と馨ってば本当何を考えているかわからないです」
つい、感情的になって鏡夜先輩に言った。すると隣で鏡夜先輩は笑った。私は不思議でたまらなくて顔を上げる。
「何ですか?」
「いや、俺にとってはお前が一番何を考えているのかわからないんだが?」
「そうですか?私、結構単純だと思いますけど・・・」
「じゃあ、」
一瞬景色が回った気がした。はっとして我に返ると、鏡夜先輩が私を柱に追いやって私の上の壁に手をついている。この体勢、前も体験したことがある・・・光だ。光もこんな風に私を見下ろして、泣きそうな顔してた。どうして、悲しいそうだったんだろう・・・?でも、鏡夜先輩は違った。余裕そうな笑いで見ているのだ。
「お前は、俺が何を考えているか、わかるか?」
「いえ、全く」
そう言うしかなかった。実際、わからなかったことだし、本当にそれは普段から謎で、藤岡君とも言っていたくらいだ。光と馨、モリ先輩以上にわからないのだ。鏡夜先輩は声を出して笑う。私はそれを思わず眉間にしわをよせて見てしまう。
「なんですか?」
「まぁ、いい。だが、お前も気をつけたほうがいい。痛い目見るのがおまえ自身になる。良く考えて行動することだな」
「・・・え?」
「まぁ、お互い分からない同士でもいいとは思うがな」
鏡夜先輩はそう言って前を歩きだした。私はその後についていこうとする。すると鏡夜先輩は振り返って、私に言った。
「光と馨なら多分、1−Aにいるはずだろ。用があるなら部活に来るのはそれからでいい。だが、」
「だ、だが?」
「これは貸し、だからな」
その時背筋が少し凍った。
教室の前まで来ると、誰かがいる物音が確かにした。どうして鏡夜先輩の勘はあたるんだろう。素朴な疑問が心を過ぎる中、ぎゅっと胸の前で手を握って、ごくりと息を飲んだ。光と馨がこの中にいる。きっと、感情的に怒っては、2人を傷つけてしまうかもしれない。だけど、こういうことはいけない、って教えてあげるのも愛情ではないのだろうか?どういう態度で臨めばいいか私は分からず足が動かなくなってしまう。
どうしよう、
2人は怒ってるかな?
どうしよう、
なんて言ったらちゃんと納得してもらえるかなあ?
「「?何してんの」」
顔を上げると、そこには光と馨が不思議そうな顔で見下ろしていた。目が2人と合う。私は吃驚したのと、恥ずかしさで後ろへ一歩下がる。すると、段差があったのか踵が引っかかって倒れそうになる。とっさに2人の手が私の腕を引いた。間一髪、私は転ばずに済んだ。
「・・・ありがと・・・」
「「うん、危なかったね」」
こんな風に親切にしてもらっては怒るに怒れないじゃないか。ちらりと光と顔を見ると光は少し楽しそうだった。怒るなんてできない、力が抜けちゃう・・・私はそれでもぎゅっと手に力を込めて顔を上げて2人を交互に見た。
「「どうしたの?」」
思わず息詰まる。この2人、何事も無いような顔をするから。私は俯いてから息を吐いてもう一度2人を見上げた。
「なんで、あんなことしたの?嘘、だったじゃない・・・」
「、まさか」
「ほら、僕の勘当たったね。光、」
2人は口々に言って私を見た。私は頷いて包帯を巻いてある手をささっと隠した。
「あんな嘘、絶対ついちゃいけない・・・ダメだよ。嘘ついたら、人は必ず悲しむ」
「「じゃあさ、」」
その時、私は自分の言動に自信が無かった。
何故なら―・・・
「「僕らに嘘をついたは僕らを傷つけたことになるね」」
やっぱり。そうだったね。
私は静かに頷いてから小さく「ごめんなさい」と呟いた。そして俯く。すると2人は私の頭をそっと撫でた。
「「おあいこだよ。これも」」
「ううん、私が悪かったんだよ・・・ごめんね」
「「ううん、それは違う。だってね、僕らヤキモチ妬いてたみたいなんだ」」
2人は微笑んで顔を上げた私を見た。思わず、格好良く見えた2人に急に恥ずかしくなって一歩下がる。ヤキモチ、何それ・・・何に?
「が、悟君、悟君って呼ぶたびにさ」
「こう、チクってきたんだ。ここが」
馨の指差した場所は胸だった。胸、というよりは心・・・。光はポケットから悟君がくれた巾着を私に差し出した。
「これ、ごめんね。チクってきた痛みから救って欲しくて、盗んじゃったんだ・・・」
「でも、これ、弟君すごく可愛いの選んだと思う。にきっと似合うよ」
巾着は微かに重かった。中を開けて見ると、そこには綺麗なくしが入っていた。私はそれをそっと壊れやすい物を触れるみたいな手つきで掬うように持ち上げる。すごく、綺麗。
「だから、弟君には後でちゃんと謝ってくるからさ」
「はこれ、大事に使ってあげて」
やっぱり、少しずつ成長してる2人。背中が頼もしく見えるようになったのも、優しく感じたのも、全部大人になっている証。私は顔を上げて2人を見上げた。2人は、私がまだ怒っているのかと、少し顔色を伺うように見る。だけど、私が笑うと、2人はほっとしたように口元を歪めた。
「ごめんね、頬、叩いたりして」
「「うん、結構痛かった。って結構馬鹿力だよね」」
「五月蝿い」
ぽっかりと、2人と私の間に空洞の感覚が空いている。それを埋める日は近いかもしれない。パリに行く前もすごく仲良くなれて幸せだったけど、我侭な私はそれだけじゃもう我慢できなくて、もっともっと、幸せになれたらいいのになって思っている。そして、忘れない、私は「誰かを笑顔にする人になりたい」んだってこと。それをかなえるために協力してくれるのは、もしかしたら―・・・そして、また、その「誰か」っていうのはもしかしたら―・・・
ガタッ、という何かが落ちる音と、足音がふと聞こえた。私は振り返った。するとそこには中等部の制服を着た後姿があった。私は思わず走りだしてしまいそうだった。だけど、ぴたっと動きを止める。
これが、いけないのかなあ?
光と馨を見上げる。すると、光と馨は頷いた。私もそれを頷いて走りだした。
「ねぇ、僕ヤキモチなんて初めてだよ」
「僕も」
「嘘、光は前も妬いてたじゃん」
「そんなこと言ったら馨だって、そういう素振り見せてたじゃん」
嫉妬なんて僕らに存在するなんて思ってなかった。
でも、これが嫉妬という名なら、
僕らは何度も経験している気がした―
「悟君っ!」
やっと追いついた。私は息を切らして悟君の元へ行くと悟君に笑いかけた。そして、ポケットから巾着を取り出す。その中の櫛も見せた。
「ありがとう、使うね。すごく、綺麗」
「あ、いや・・・いいんですよ」
「ごめんね、私お礼言うの遅いよね?」
「そんなことは、いいんですよ」
悟君の顔が浮かない表情だったのにすぐ気がついた。私は心配だったので思わず覗きこむ。
「どうしたの?」
「―・・・・・」
黙り込んでしまった。何処か、痛いところがあるのかなあ?私はじっと悟君が口を開くのを待った。するといきなり悟君は顔を上げてにっこりと笑った。
「さん、」
吃驚して私は丁寧に「はい」としきりなおしたような声で頷く。すると、悟君は頭を掻いて言った。
「お幸せに!」
私は意味がよくわからなかった。だけど、悟君がすごく笑顔で言ってくれたのでなんだかとっても嬉しかった。私が話しかけようとした瞬間悟君は振り返って廊下を走って行ってしまった。なんだか、しっくりこなかったけれど、人に幸せになってと言われることがどんなに嬉しいことか分かった気がしてすごく嬉しかった。私はその場に佇んでじっと巾着を見つめた。
家に帰ったら、お姉ちゃんに見せてあげよう
「で、どうだったんだよ?」
階段で照れくさそうに待っていた靖睦に走ってきた悟は手をぶんぶん振って笑顔を見せた。靖睦は何か嫌な予感がした。
「いやー、あはは」
「どうだったって聞いてるんだよ」
すると悟は一瞬曇ったような顔を見せたが、すぐに笑顔に切り替えて靖睦にブイサインを向けた。
「お幸せに!って言って来た!」
「お前、本当に谷底に沈めてこようか・・・?」
悟の頭を靖睦はぐいっと引張って自分と近い目線にした。すると悟は優しく微笑んで靖睦の目を見て言った。
「やっぱり、今の俺じゃまだ無理だ。だからさ、靖睦」
「?」
「協力してくんない?それにまだ、ふられたわけじゃない」
「・・・ちっ、部活をまた疎かにするのか、お前は・・・」
「それはしないぞ!俺は、武道一本だ!崇兄と約束したんだ!」
君がいつも通り笑っているのを見れば、
それだけで幸せなんだ、
だけど、いつかそれだけで我慢ができないようになってしまったら、
その時は―
ダイヤモンドリリー
(綺麗なまま、鮮明なまま、ずっと、ずっと)
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