大きく手を広げたなら、きっと世界は広がってくれるんだ






















朝だ。小鳥がさえずっていて、木々が生い茂っているのが窓越しに見える。私はがばっと起き上がって鏡台の前に立った。そして鏡台の上においてある昨日悟君に貰った櫛を持った。そして天にかざす。やはり、綺麗だ。私は笑ってから櫛で乱れている髪を解いた。



















「おはよう、お母さん」




返事なんて期待していなかった。だって、そんな風に挨拶を返してくれた日なんて一度もなかったから。勿論、返事はなかったので私は母の背中を見てから食堂へと向かった。




「お、が自分で起きたー!」



食堂へ入ると姉が元気な声で私に笑いかけてきた。服装は、撮影・・・だろうか。母の新作を着ている。私は苦笑いしながら席に座った。



「何、どしたの?」



姉は私の顔を覗きこんだ。綺麗な、妬むくらいに綺麗な髪が私の目の前でふわっと揺れる。私は俯く。



「なんでもないよ」



姉は何かを感じ取ったのか、席を立って陽気に手を振ってから食堂を出て行った。そう、なんだか今日は気分が浮かないのだ。食事も喉を通らない。やはり、昨日の事件が何か引っかかっているのだろうか。事件なんて何のことだと自分でも思ったが、心当たりがあった。光と馨とは仲直りしたものの、最近2人の仲がよさそうに見えないのだ。表面ではわからないけれど、この前2人が私に「口もきかないような仲になったらどうする?」って言ってきてから。あの時はその場でそれを否定したけれど、そんな言葉を彼らから聞くとは思わなかったから、段々と日常を過ごしていくうちにそう見えてきてしまった。2人と仲直りをしたかと思えば、今度はこんな問題が私の頭を悩ませる。



「お嬢様、学校へ行きますよ」



ふと、執事が私の顔を覗きこんだので、我に返り私は無理に笑って頷いた。


























「「おはようー!」」



「おはよう」




せめて、2人の前にはそれを出さないように精一杯努力しなくては。そう思って私は愛想笑いを覆い隠すかのようにして笑った。すると2人は笑っていつも通り私の髪を引張った。




「まーた痛んでる」


「手入れ、本当にしてんの?」


「してるってば。余計なお世話だよ」




2
人の顔が直視できない。私は俯いてカバンから教科書を出しながら言った。すると、2人はつまらなくなったのか藤岡君の方へ向かった。



思わず溜息をつく。2人と話すの好きだけれど、これほど苦しくなったことは一度も無い。私はふと廊下に目をやった。違うクラスだったら、苦しくないのかな・・・と。

























あ・・・




















廊下に目をやった事を後悔してしまった。鏡夜先輩がにこやかに手を振っている。私はおそるおそる廊下に出ると鏡夜先輩を見上げた。お互い、考えている事わからないんだよね・・・。すると鏡夜先輩は電話を取り出して私を優しく見下ろした。




「昨日の貸し、だがな」



思い出した。そんなような事を昨日言われたんだ・・・鏡夜先輩のことだからどんなに恐ろしいことが待っているのか想像がつかなくて覚悟には時間が掛かる。私はごくりと息を飲んで鏡夜先輩の目を見る。




の家に招待してもらおうと思うんだ。あ、でもパーティを開けということではないぞ?ただ、家に遊びに行くだけだ」



「・・・遊びにって・・・鏡夜先輩、私の家で何して遊ぶつもりですか?」



すると鏡夜先輩は笑い出した。2回目だ、本当に笑っていると言えるような顔で笑ってくれるのは。



「いや、俺がトランプやカルタをするとでも思うか?そうじゃなくて、最近環が親睦、親睦五月蝿いんだ」



で、環先輩を黙らせるために?ってことですか・・・それじゃあ環先輩も来るんですか?」



鏡夜先輩は静かに頷いた。なるほど。鏡夜先輩は親睦を深める会を開くのに、場所を探していたのか。それで、私の家ということか・・・私は頷いて鏡夜先輩を見上げた。



「是非、来てください。その2人ならなんとか大丈夫ですから」



「いや、違うぞ?親睦なんだから他の部員も来るだろう」


一瞬、何かが崩れた。私は後ろへ一歩下がって俯いてから顔を上げる。



「・・・それって・・・」



































「「うん、僕らも行くよ?」」




やっぱり・・・。藤岡君を後ろから抱きしめている2人は私の顔を不思議そうに見上げた。私は溜息をついてから藤岡君を見下ろした。




さんの迷惑にならなければいいんですが・・・」



藤岡君みたいな人なら来て欲しいって素直に思えるけれど、一度人の家を絵の具まみれにしたような人達には、来て欲しいなんて思えない。たとえ、それがすごく小さい時の話だったとしても




「久しぶりだなーんち」



「ヒゲ眼鏡さんいる?」




ヒゲ眼鏡さんとは、私の家の執事のことで、うちの執事の中では最高齢なのだ。光も馨もあの執事にはなついていてとてもそれは珍しいことだった。私は頷いて2人を交互に見た。



もう、大人になったから平気だよね?























ちゃーん!こんにちはっ」



昼食の時間になり、友達と食堂へ向かう途中、ハニー先輩とモリ先輩に出会った。私がお辞儀すると友達は私の後ろへすっと隠れて耳元で尋ねてきた。



「だから、何で知ってるの?」


「光と馨と知り合いだから?かな・・・」



それだけ言うとハニー先輩はにこやかに笑って私の友達を見た。そしてくるりと向きを変えて柱に向かって走って行く。そして紙に何かを書いている。それを書き終えると私の方へ向かってきて差し出してきた。




「これあげるっ、行こう?崇」



「ああ」




2
人は前を行ってしまった。私は貰った小さな紙をしばらく持ったまま停止してからその紙をポケットへ入れた。




























いつもどおりの放課後がまたやってきた。私は誰も居ない準備室で書類をまとめていた。だが、頭は浮ついていて、家に招待する事ばかりを考えていた。と、ふとハニー先輩に貰った紙を思い出す。ポケットに手を突っ込んで探り当てると取り出してゆっくりと開いた。すると可愛らしい文字で何かが書かれている。



ちゃんへ
明日は楽しみだよ。ちゃんが好きなお菓子持っていくから楽しみにしててね!」



たったそれだけだった。だけど、可愛らしくて、優しくて私は感動してしまった。独りでいるのにもかかわらず思わず笑ってしまうほど。


そして目の前に広がる書類の山に視線を移す。私は息を思いっきり吐いてその書類に取り掛かった。




























ホスト部の営業が終わり、準備室の扉が環先輩によって開かれた。私は顔を上げて見ると環先輩はにこやかに笑って手を差し出してきた。




「親睦会、明日は楽しみにしているぞー」



「環先輩が発案したんですよね・・・?」



「うむ、家族としては団欒の時間が必要だからな!」




私は思わず噴出してしまった。いつも団欒しているのに・・・。環先輩はホスト部の皆のコトがすごく好きだってことが伝わってきた瞬間だった。そんな風に大切に思ってくれている先輩が私は自分も大切にしなきゃと改めて実感した。環先輩は照れたような顔で私を見下ろす。私は差し出された手をゆっくりと握って立ち上がった。




「明日は楽しみましょうね」



「ああ!親睦を是非深めよう!」


















































外見とか家柄とか、そんなの一切気にしないで、





ただ、ありのままの自分を受け入れてくれる人達だって、





信じているから、





だから、前だけを見て明日を待つことにしよう












ヒマワリ

(それは始まりの支度)






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120409