君には、どんなものが似合うかな?



わかっているつもりだったけれど、実際にはわかっていなかったみたいだ





















気持ちが高鳴って眠れない。そう感じてバサっと重く圧し掛かる布団を跳ね除け起き上がる。カーテンが遮断している所為か、否、まだ明け方なんだ。暗い。怖いと感じてしまうほどに。僕は溜息をついて時計を見上げる。まだ5:00前だ。それにしてもこの暗さは無いだろう。僕はゆっくりと隣で寝息を立てて寝ている光を起さないように立ち上がって静かにカーテンに近づいた。そして小さく隙間をつくって外を覗いた。すると、家政婦がいそいそと朝の支度に励んでいる姿が見えた。僕はカーテンを閉じてカレンダーに目をやった。今日だ、間違いない。の家に遊びに行く日。母はのお母さんと大の仲良しだから、僕らにのお母さんにワインを渡すよう頼まれた。だけど、僕は思った。はワインなんて飲めない。だったら喜ばないんじゃないかって。こんなの、お節介かもしれない。だけど、僕はに「ありがとう」って言われたい、なんて我侭を平気で願うんだ。机の上で真っ黒の画面を保っているパソコンのスイッチを入れて椅子に座る。


何がいいかなあ。今すぐに取り寄せられるもの・・・

ハンカチ?(いや、あんまり良くないな・・・)
お菓子?(ハニー先輩が持って来そうだ)
ジュース?(の家にたくさんあるだろう)
服?(好み、イマイチ掴めてないかも・・・)
髪の毛に携わるもの?いや、それはモリ先輩の弟が・・・


何も浮かばなくて頬杖をつきながら明るくなった画面を見てマウスに手を載せる。すると、スタートページにふと大きく表示されていたものを見て思いついた。それはに、ぴったりすぎて独りで笑ってしまいそうになった。そう、表示されたのは「綺麗で可愛い、お花特集!」だった。が花が好きというのは聞いた事が無い。だけど、僕の中でイメージがぴったりなんだ。僕はそれをクリックしてピンク色で淡い可愛らしいページに飛ぶ。そこでふと文面で目に行ったのが
「花言葉」だった。


それじゃあ、僕がへ送る花言葉って何だろう?


友情?(それじゃ、ありきたりではないだろうか?)
家族?(それは殿の家族設定の中だけ)
感謝?(常日頃の感謝なんて、恥ずかしくて、しかもどこか違う気がする)


じゃあ・・・愛?



僕は花言葉の表を見つけた。そしてふと目に止まった花言葉があった。僕はすぐにこれだ!と決めてしまった。悩まない、絶対にはこれ!こんな花言葉あったんだね・・・僕は子供みたいに見つけた喜びを噛み締めて携帯を取り出した。




「もしもし?あー、いつもの常陸院だけど。ジャスミン、800までに届けに来てくんない?適当にラッピングしてさ」




適当に手続きを済ませ、携帯を閉じて溜息をつく。ふと、人の気配がしたので振り返ると光が怪訝そうにこちらを見つめていた。



「ごめん、起しちゃった?」



「あー、別に。つか、なんで馨はこんな早起きなわけ?」



上半身裸の光は上着を羽織ながら僕に訴えかけた。僕は微笑してクローゼットを開けた。今日はどんな格好がいいだろうか?光は僕が陽気なのに勘付いて笑った。



「あ、の家行けるからか」



「そうだよー。久しぶりだしね」



早くに花束あげたいってこともあるけれど。僕は心の中で笑った。すると光は僕の隣にきて自分のクローゼットを開けた。



「・・・なんか、馨、あれみたい」



「あれ?」



「娘さんを僕に下さいってやつ、」



「結婚の承諾を得るやつ?」



「うん」




ほら、光って無意識だよ。そうやって無意識が人を傷つけたり錯乱させてしまうことにそろそろ気づいて欲しい。僕は服を探す手を止めて光をぐっと見据えた。光は悪い事を言ったという顔は一切していないで不思議そうに僕を見つめた。僕は、光をからかいたくなって、




「僕が、と結婚するって言ったら光はどうすんの?」




と聞いた。すると光は一瞬戸惑ったがすぐに笑った。




「んなのあるわけないじゃん」



「わかんないよ?実は今だって僕ら付き合ってたりするかもよ?」



さらにからかう。さすがの光も真顔になって僕の腕を掴んだ。



「え!?付き合ってるの?」



ダメだ。まだ光にはちょっと厳しかったかな。僕は笑って光の頭に手に持っていた上着を乗せた。そして立ち上がって光を見下ろす。




「んなわけないじゃん」



「あ、そうなんだ?あはは、」



案の定、なんともいえない空気になってしまったけれど。




「ちょっと、光、馨、朝っぱらから何ごそごそしてるの?」



と、ドアの方へ目をやるとそこに立っていたのは母だった。母は僕らの近くまでやってくると僕らが何をしていたのかをすぐに把握して、腕を組んで僕らを見て笑った。



ちゃんち行くからはりきってるのね。まだ可愛いところがあるじゃない」



「「・・・」」




僕らはなんだか恥ずかしくなって黙り込んでそっぽを向いた。すると母は僕らが寝ていたベットへ座りパソコンがついているのに気がついた。




「あれ?こんな朝早くにパソコンなんてつけちゃって、光?」



「違うよ。馨が朝起きてたらやってたの」



「馨が?珍しいじゃない。どうしたの?」



「あ、いや別になんでもないって」





僕は歩いてパソコンの前へ行こうとした。するとその前に光がパソコンの画面を覗きこんだ。そして目を丸くして大きな声で文面を読み始めた。




「なんだこれ?花?馨、何見てんだよー、花なんてさ。あはは!」



「ちょ、光見ないでよ!」



「ふーん。馨は花が好きなの?」





僕は焦って画面を消して母の質問を無視した。乱暴に椅子を戻して再びクローゼットに戻って2人に背を向ける。





「あ、僕ちょっと顔洗ってくる」




光はそう言って立ち上がって部屋を出て行く。気まずい、母と2人きり。僕がおそるおそる母を振りかえると母はにっこり笑っていた。




ちゃんにあげるの?」



「・・・」



「馨、良く考えたじゃない。ジャスミン、だなんて」



「何で知って・・・「ジャスミンの写真が見えたから」



パソコンを指差すと母は不敵に笑った。僕は溜息をついて俯く。



「花言葉で選んだの?」



「・・・」



「ふーん、馨もついにそういう年になったのね」



「!?」




母は立ち上がって部屋の出口まで歩くと僕を振り返って、悪戯に笑った。




「しっかりやりなさいよ」




そんなことを言って母は戸を閉めた。







































集合時間の1000を回った。私は時計とにらめっこをしながら車窓を眺めていた。もうきっと、大半の人は私の家の正門まで来ている。あの人達は決してこういうことになると遅刻なんてしなそうだから。


「大丈夫ですよ。もうそろそろ着きますから」



運転手の慰めはもう5回目だ。というのも撮影するはずだった、モデルさんが熱を出して(元から病弱だったらしい)しまったので、他の日に撮影をしようとしたところ、そのロケ地は今日しかとれないとのこと。私は仕方ないので、代理として撮影し、深夜に家を出て今に至ってこうして家路に向かっているのだった。最近、本当運が悪い。私は溜息をついてもう一度車窓を見た。すると、いつも見慣れている景色に戻って来た気がした。もうすぐだ!やっと着ける。そうなると居てもたってもいられなくて駐車場から正門へ行くよりも走って行きたいという気持ちが前に出てしまったのか私は車から降りて走り出した。


正門が見えてきた。息を切らしながらも彼らの居る元へと思いっきり走った。だけど、辿り着いた先には誰一人も居なかった。私は中に入ってしまったのかな?と思い中庭を突っ切って歩いた。と、ふと聞きなれた声が聞こえた。




「・・・これ僕のお家にもあるー!」


「綺麗・・・」


「純金製か・・・悪くないな・・・」



「「これ僕ら汚しちゃったやつだー!」」



「ハルヒ!あの像が気に入ったのかにゃー?俺の家にもあるぞ!」



「いえ、別に気に入ったわけじゃないですけど、凄いなあって・・・あ、さん」





藤岡君と視線がぶつかった。私は苦笑いしながらこちらを見る彼らに問う。




「何しているんですか?」
















































「お待たせしました!」



とりあえず、中庭は良くないので玄関に彼らを待たせ、私は着替えをして階段を駆け下りた。事情を説明しようかと思ったけれど、きっとわかってくれただろうと思い省いた。ハニー先輩は階段を降りてきた私の格好をじっと見つめてきた。



「どうか、しました?」


「さっきのお洋服はモデルの撮影で使ったお洋服なのー?」


「そうですけど?ちょっとイメージと違ったかと思いますが」


「そんなことないよ、すっごく大人っぽかったよ!ね!崇」


「ああ、驚いた」


「ありがとうございます」




私がお辞儀していると環先輩が私の名前を呼んだ。私が振り返ると環先輩は私の前でブイサインをした。



「まずは、家を散策してみてもいいかな?のお家はいろいろと見所がありそうだ!」


「私は構いませんが・・・って鏡夜先輩!何しに行くんですか?」


「家族の皆様に挨拶をね。のお母様とは面識があるからな」



鏡夜先輩は私に何かを合図した。あ、そうか・・・一度会った事があるんだった・・・。私は溜息をついて鏡夜先輩の背中を見つめた。ふと、鏡夜先輩は振り返って私に笑いかけた。



「それに、思い出に浸るのも悪くないと思うぞ?」



思い出?と、光と馨と目が合った。そういうことか・・・私は心の中で鏡夜先輩にありがとう、と言った。



































「いやー、懐かしいねー」



しばらく、ゆっくりと私の部屋へと繋がる廊下を光と馨と3人で歩いた。藤岡君と環先輩は散策に行き、ハニー先輩とモリ先輩は謎のままどこかへ消えてしまい、鏡夜先輩は母や親戚などにあいさつ回りとのこと。結局この三人で回っている。光は辺りをキョロキョロと見回しながら歓声を上げている。隣で馨は気持ちよさそうな顔で風を浴びている。私は相槌ばかりを打って昔の出来事を一つ一つ思い出していった。



「綺麗だよね、の家。品があるっていうか・・・」



「光と馨の家だって凄く綺麗だと思うよ?あそこ、好きだなあ」



私が笑うと光と馨はちゃんと笑ってくれる。昨日の悩みを吹き飛ばすみたいに。こうして笑ってくれるとなんだかほっとできるけれど、私って、やっぱり考えすぎなのかな?



「あ、僕ちょっと用事あるから光と回ってていいよ」



ふと馨が焦ったように私と光を前に押した。私は我に返って馨を見ようとすると、もう馨は遠くへ走って行ってしまった。ぽつん、と2人で残る。私は光と顔を見合わせる。と、廊下の先に一つドアが開いている部屋を見つけた光はそこへ一目散へ走り出した。



「ちょっと光!?」



光の走って行った先へと向かうと光は棒立ちしてじっと部屋の中を見つめていた。そう、私の部屋だ。



「ここ、の部屋?」


「うん」


「こんなところだったっけ?」


「ううん、お母さんが私のこと今まで以上に好きじゃないらしくって顔も見たくないんだって。だから、隔離されてる、みたいな。そんな感じ」



これは、あの洋館でモデル撮影してからのことだ。私が理事長に監視されているのに気づいた母は私が何か悪さをしているんじゃないかと最初に疑った。その時の私は否定できなくて、そのままにしていたら、こんな風に部屋が移動されていたのだ。あれ以来、母とはまともに会話できていない。なんだか、今まで以上に長期戦になりそうで私は少し怯えているけれど。



「なんかさ、ってさ」



「うん?」



「いろいろ大変なんだな。なんつーか、いっつもへらへらしてる割りに結構苦しんでるっていうか・・・」



「そりゃあ、私にだって悩みの一つくらいあるよ」




軽く失礼な事したね、って私が笑って光の顔を覗きこむと、光は腑に落ちない、そんなような顔つきでゆっくりと頷いた。



「でもね、光。私がこうやって光達と出会ってなかったらこんな風に苦しい出来事に直面しちゃったら、そのまま受け止めて、受け入れて、どんどん私っていう存在が消えるくらいになっちゃったかもしれない。だけど、光と馨と仲直りして、ホスト部に入部して、私の世界、すごく変わったんだ」



うん、これは本当だから。本当に、皆には感謝してるから。



「だから、今は、悩みよりもはるかに楽しみが勝ってる」



私が笑うと光は目を丸くして私を見下ろした。



「光?」



「なーんだ、そっかそっか。うん、それなら僕も凄く安心できる」



光は笑って私の頭を撫でた。私はその時、光の手が、すごく温かくて感動した。













「あ、あれ何の写真?」



光が私の頭から手を離して部屋へと入って行く。私はその後に続いて光の体から顔を出して光が見ているものを見る。写真立てだ。光と馨に見られないように、伏せて置いた写真立て。光はその写真立てを立てようとした。私はそれを光の背中から手を伸ばして阻止しようとする。光は案の定面白がって必死に見ようとする。ダメだよ、それを見られたら恥ずかしい。光と馨と私、ずっと前に撮った写真だけど、これが一番ちゃんとした形になっていたから。中等部になってしまえば、もうそんな風に思い出を残すことができなかったから。せめて、私の中で光と馨が消えないように形に残して毎日眺めていたかった。



「ダメ!」


「いいじゃん。減るもんじゃないんだし・・・」



そんな風に言って光は私の届かないところまで写真立てを持ち上げて天にかざすようにして見つめた。そして一瞬光は恥ずかしそうな顔をした。




っ、なんでこんなのとってあるんだよ」


「それしか、なかったから・・・」




光の背中にぴったりとくっついて私は言った。もうなんだか恥ずかしくて私は光の背中なんてのはどうでもよくてただ顔を隠す場所が欲しくてずっとそのまま静止する。




、写真また撮ろうよ」




光の声がぼやけて聞こえた。背中越しに聞こえた光の声は少し低くてびっくりした。私は顔をゆっくりと上げて光の背中を見つめた。そして小さく頷いた。




「それはいいとして!さーて、ちゃんの机の中物色ー!」



「ちょっとやめてよ!変なもの入ってるかも・・・!」



再び光が机に背を丸くして向かっている。私はその上に覆いかぶさるようにして光の手を止めようとする。中々光の手がつかめなくて苦戦していると誰かの足音が近くで止まった気がした。



「・・・何してんの?」



「「馨!?」」




きっと馨からは私が光におんぶをしてと言っているような姿に見えたんだろう。















思い出なら、形に残らなくても、心の中で輝き続けるよ

思い出は決して消えないから




 

 

 

ジャスミン

(消えない、消さない、生まれる)

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120611