収録が終わり、私たちは打ち上げをスタジオの近くの居酒屋で行っていた。そこは思っていた通り貸切で、国民的アイドルという存在を改めて思い知らされたようだった。私がいつも参加する打ち上げは貸切なんてことは無いためか、私たち以外の客がいないのに少し違和感を感じる。


「お疲れ様、どう?アイドルのスタイリストは」

ビールを片手に他のメンバーのスタイリストさんは私に尋ねてきた。私が「大変ですね・・・」と答えると皆は笑っていた。この人たちと数日仕事を一緒にしてきたけれど、やはりすごい。センスの良さももちろんなのだが、何より仕事に対する姿勢がすばらしい。そんな方々と一緒に仕事をすることができる、というのは見習いスタイリストのような私にとって最高のいい機会だとも思える。仕事に対することを話すのは私も好きで、しばらく私はスタイリストについての話で盛り上がっていた。と、アイドルたちのテーブルに視線を移す。全員で盛り上がっている、と思いきやそこに神宮寺さんの姿は無かった。―なんて気にはしているけれど、関係ないんだ。私はそう言い聞かせてビールを一気に口に含んだ。


そう、関係ないんだ。












だいぶ飲んだようだ。私は少し酔いが回っているのを感じて、水を飲んだ。―少し気分も悪い。夜風に当たって涼んでこようと思い私は席を立って、お店の出口まで向かった。自動ドアが開いて風が私の頬を撫でた。冷たくて心地よい。私は出口を出て目の前の手すりを握って深呼吸をした。ここは3階だからか見晴らしもそれなりに良くて、ネオンが眩しい。―それにしてもやっぱり飲みすぎたような気がする・・・。明日も仕事あるのに、大丈夫なのだろうか。なんて考えていると階段の下から聞きなれた声がぼんやりと聞こえてきた。


「今日はメンバーと打ち上げでそっちに帰れそうもないんだ、ごめんねレディ」


・・・神宮寺さんだ。きっと女の人と電話をしているのだろう。さっきからずっと神宮寺さんはテーブルに戻ってきていない。きっと何人もの女性からの連絡を全て相手にしているのだろう。私はなんだか腑に落ちない気分になってきてぐっと手すりを握る手に力を込めた。


「・・・分かった。じゃあもう切るよ?おやすみ、レディ。・・・ああ、俺も愛しているよ」


その言葉を聞いて私はなんだか可笑しくなってしまった。「愛し」たこと無いくせに。


と、携帯をパタンと閉じて彼が階段を上ってくるのが分かった。私は慌てて店に戻ろうとしたが、身体は思うように動かなかった。視界も少しぐらぐらする。







「レディ?」


と、彼が私を呼んだ。私はそれを聞きながらも店の中へ戻ろうとした。と、神宮寺さんの手が私の腕を掴んだ。私ははっとして振り返る。すると彼はふっと笑って「酔ってるね、色っぽい」そう言って両手で私の頬を包み込んだ。

―すぐに、こうやって


私はその手を解いた。神宮寺さんが目を丸くしてこちらを見ている。



「レディ・・・?」

「私は・・・レディなんて名前じゃない・・・」


頭がぐらぐらするのを必死で堪えながら私は神宮寺さんにそう訴えた。すると彼は小さく「ちゃん」と呟いた。私はその声を聞くや否や身体を支える力を失ってその場に座り込んだ。神宮寺さんも同じようにしゃがみ、私に視線を合わせてくる。その目は少しうろたえているようにも見えた。こんな頼りない、困ったような彼を見るのは初めてだ。


「もし、私が今ここで神宮寺さんのこと好きって言ったら・・・どうなるんですか?俺も好きだよ、って言うんですか?私が愛してるって言ったら俺も愛してるよって言うんですか?」


言わなければいいのに、そう心の中でもう一人の自分がそう呟いている。でも、止まらない。頭がぐらぐらしていて、自分を制御することも出来ない。ただ言葉が勝手に溢れていく。でも、きっと言っていることは嘘なんかじゃない。紛れも無い私の本音なんだ。



「もう・・・意味わかんない」


わかんないと感じているのは神宮寺さんのほうだ、と思っているのに私はそう呟いて俯いた。微かに涙が滲むのがわかった。それでも神宮寺さんは何も言わないでただ私の背中を摩っていた。


なんてことをしているのだろう、心のどこかにいる冷静な私はそう私を責め立てた。自分でも本当に分からない。何がしたかったのだろうか。後悔と虚しさが私に襲い掛かる。


と、急に激しい頭痛に襲われた。私は思わず頭を抱える。すると彼は私の頭を引き寄せて自分の肩へと寄りかからせた。「大丈夫?」と甘い、そしてどこか頼りない声がかすかに聞こえてくる。私はそっと目を閉じた。


「家まで、送るよ」


彼はそう言って携帯電話を取り出した。

君ごと痛みを消せたなら



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120317