衣装スペースに向かうと急に神宮寺さんはジャケットを脱ぎ始めた。私はその素振りにドキッとしながらも冷静を装い、衣装を手に取った。そして神宮寺さんの方へと持って見せた。すると彼は満足そうに笑って私の手から衣装を取った。小さく「ありがと」と囁かれる。その甘い声に少しドキドキしながらも「これが国民的アイドルの殺傷能力か・・・」なんて考えながらも再び冷静を装うのだった。


「さすが、あのレディの選ぶ服は違うね。分かってる」

「そりゃあ、もう長いこと神宮寺さんの担当してらっしゃるんですから・・・」


なんて当たり前のことを返すと神宮寺さんは鼻で笑った。
ああ、私ってどうしてこうつまらない返ししかできないのだろう、と少ししょんぼりしていると、彼はふっと笑って私の肩に手を置いた。その様子が近くにあった全身鏡に映される。私は鏡に映ったその光景を見て、改めて神宮寺レンの存在を確認した。


「ま、君みたいな若くて可愛いスタイリストがついてくれるのが俺にとっては一番なんだけどね」



そう耳元で彼が言う。甘ったるい匂いにはそれこそ慣れたが、彼の長い髪が耳に触れてくすぐったい。私は顔が熱くなるのが分かったがぶんぶんと首を横に振ってそれを制止した。このままだと、私までこのアイドルに殺されてしまう。私は慌てて神宮寺さんの手にある服を指差して彼を見つめた。それで分かったのか、彼は観念したように手をひらひらさせて更衣室へと向かっていった。





その間、私は資料を確認しながら椅子に座っていた。
あの殺傷能力、並大抵のものではない。私は元々アイドルなんて興味なくて、でもただ洋服は好きで、自分の選んだ洋服を誰かに着てもらえればそれでいいんだ、と思っていたような人間だ。だからこそ、芸能界にさほど興味はないし、スタイリストの職についても芸人の友人がちらほら出来たくらいで、ただ別にそこに芸能界という違和感を覚えたりはすることなく、普通の友人としての付き合いをしているつもりだ。こういった無関心さが先輩の目にも留まったのだろう。きっと他のスタイリストだったらこの代理は目を輝かせて引き受けたことだろう。ただ、さっき先輩も言っていたようにバックにはシャイニング早乙女がいる。まあ今日1日だけだし、会う機会は無いけれど余計なことをしたら確実に私はあの事務所にはいられないし、スタイリストなんて続けていくことは不可能になるだろう。考えただけでも恐ろしい。


と、ドアが開いて神宮寺さんが戻ってきた。
スタイルが元々良いため、その長身を上手くいかしたコーディネートがされている。
私は立ち上がって彼の元へ駆け寄った。彼は満足そうな笑みを浮かべている。


「どうかな」

「すごくお似合いです、色も今日の番組のイメージにマッチしていると思います」


私がそう言うと彼は頷いてくれた。やはり神宮寺さんのスタイリストさんの腕は凄いのだろう。彼をよく引き立たせる色もわかっているし、着こなしも抜群だ。私は感動しながら彼の頭からつま先までを満遍なく見回した。と、急に神宮寺さんが私の手をぎゅっと握って引いた。私は突然の出来事に体勢を崩した。


「ねえ、ここ。ちょっと糸出ちゃった」


そう言って彼はジャケットの袖を指差した。私ははっとして神宮寺さんから離れてはさみを持ってきた。そしてゆっくりとその糸を切る。なんだかこれだけの動作なのにすごく緊張した。というか、その行為よりも何よりも抱きついてしまいそうになったあの瞬間が問題だ。私はそればっかりが走馬灯のようによみがえってくるのを押さえ込む様にしてぐっと息を呑んだ。

(何も、手を握らなくても・・・)


糸を切り終えると彼は満足そうに笑った。この屈託のない笑顔はアイドルの営業スマイルでもなんでもなくて、そこに彼らしさが垣間見えるようであった。と、私がその笑顔に見蕩れていると扉が開いて準備を終えた来栖翔が「おーい時間だって!」と言ってやってきた。ぞろぞろとメンバーが外に出て行く中、神宮寺さんは足を止めたままだった。


「そろそろ・・・行かないと・・・」


私がそう促しても中々動かない。
周りを見ると、仕事を終えたスタイリストさんたちが次の仕事にとりかかろうとせっせと外へと向かっていた。私も行かなくては・・・と、出て行くみんなについて出ようとしたとき、後ろから神宮寺さんに手を引かれた。はっとして振り返ると、それは一瞬の出来事だった。


























「行って来ます、レディ」


その言葉とともに彼は部屋を出て行った。


私は一瞬状況が読み込めなかった。けれど、唇に感触が確かに残っている。念のためもう一度唇を指でなぞってみる。やはり先ほどの感触が指にじんわりと伝わる。私は身動きが取れなくてしばらくそこで立ち竦んでいた。



軋む歯車の悪意に込めて






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120225