しんと静まり返った部屋で私は立ちすくんだままだった。というか体が動いてくれないのだ。それもそのはず。たった一瞬の出来事だったけれど・・・確実に私は先ほど神宮寺レンとキスをした。私はもう一度唇に触れた。同時に頭の中に先ほどの記憶が蘇ってくる。私は顔が熱くなるのを感じた。そして瞬間的に冷静さが襲ってくる。

・・・なんであんなことになった?

私は神宮寺さんが動かないから促して、私も次の仕事に行かなきゃいけないから部屋を出ようとして・・・。やっぱり思い返しても意味が分からない。私の恋愛経験が少ないから分からないだけなのだろうか?アイドルがあんな風に軽々しくキスしていいのだろうか・・・、きっとあんなことばっかりしてるだろうから、こんな風にキスすることなんて彼にとってはなんてことないのだろう。でも、そんなアイドルがいたとして、私はファンにはなれない。というより・・・


と、部屋のドアが開いた。振り返るとそこにはスタイリストさんが少し困ったように笑っていた。

「あなた、まだここにいたのね。早く、次の衣装の打ち合わせするわよ」

「すいません、今行きます」


それよりも、何よりも今は仕事中だ。私は急いで部屋を出て先輩スタイリストの後をついていった。

















収録が終わり、ぞろぞろとメンバーが戻ってくる。私たちは彼らから脱いだ衣装を受け取らないといけないため、彼らが着替えるのを待っていないといけない。私は神宮寺さんが戻ってくるのを確認すると、タオルを持って駆け寄った。先ほどのことが気にかかるけれど、とにかく今はそれどころではないのだ。そこらへんはちゃんとけじめをつけるべきだ。


「神宮寺さん、お疲れ様です」

「ああ、ありがとう」


何事も無かったかのように彼はさらっとしていて、私のタオルを受け取ると汗を拭った。きっとスタジオが暑かったのだろう。後ろにいた来栖翔も衣装をつまんでぱたぱたと扇いでいる。私は神宮寺さんが椅子に腰掛けるのを確認すると近くにあった差し入れのスポーツ飲料を差し出した。すると彼は嬉しそうに笑ってボトルのキャップを捻る。


「気が利くね、レディ。俺、汗乾かさないと衣装脱がないからゆっくりしててよ」

「レン、ゆっくりしてる時間ねーって!次はスタジオ移動して収録だからっ」

隣で一十木音也が衣装のボタンを緩めながら焦ったような顔をして言った。私はそれを見てから神宮寺さんのほうへと視線を戻した。彼ははいはいといいながらも先ほどあげたスポーツ飲料を口に運んでいた。と、私の携帯がポケットで振動するのを感じた。私は慌てて携帯を取り出す。するとサブ画面には事務所の先輩の名前が表示された。


「・・・はい」

「あ、?ちゃんとやってる?」

「ええ、なんとか・・・。今とりあえず1つ目の収録が終わりました」

「よかった。で、本題に入るけどね、さっき、神宮寺レンの担当のスタイリストさんから連絡があってさ・・・。彼女、検査受けたらインフルエンザだったみたいで」

「インフルエンザ・・・?」


私がそうつぶやくと神宮寺さんと目が合った。私は鼓動が早くなるのを感じながらも次の言葉を待つ。


「そう。だから、今日から一週間。代理やってくれない?当初は今日だけなはずだったけど、緊急事態だし・・・。まあ、が担当してる芸人さんたちとかにはこっちから話つけておくから。後で、一週間のスケジュール送るから・・・、いいかな?」

「まあ、仕事ですし・・・分かりました」

「ありがとう。じゃあよろしくね!」


そう言って電話は切れた。一息つくと神宮寺さんがにやりと笑っているのが目に入った。私は「なんですか・・・?」と目で訴えかけた。すると彼はそれを理解したのかペットボトルをテーブルに置いてこちらをじっと見つめてきた。

「俺の担当レディがインフルエンザだったの?」

「・・・そうです」

「で?」


大体の話は分かっているくせに・・・。



「・・・一週間、神宮寺さんの専属スタイリストの代わりを勤めることになりました。改めて、よろしくお願いします」



私はそういうと神宮寺さんは満足そうに笑った。私はなんだか急に恥ずかしくなって俯く。すると、神宮寺さんが立ち上がって私の方へ向かってきた。さすがに人がたくさんいるし、さっきみたいなことにはならないと分かっていたけれど、それでもなんだか怖くて私は思いっきり目を瞑った。すると彼が鼻で笑うのが聞こえてうっすら目を空けると彼は私の頭にぽん、と手を置いて耳元で囁いた。



「よろしくね、ちゃん」


やがて訪れる終局の前に笑っている



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120227