ある程度の仕事を済ませ、彼らの収録が終わるまで、私はヘアメイクの方やスタイリストさんと休憩がてら談笑をしていた。やはり話題に上がるのは神宮寺さんの女癖についてだ。私はもう聞きたくなかった。もう先ほどの指輪のことやら何やらで大体どういう感じなのかは分かったし、もう言葉にしてまでわざわざ聞きたくないのだ。私はこの手の話があまり好きではない。自分が堅苦しい人間だとは分かっている。けれど、こういった色の付いた話を聞くのはどうしても苦手で。だからこそ恋愛経験も少ないのだろうけど、私は自分がこれでいいと思っている。
「さん、結局一週間神宮寺さんの担当なんでしょう?一週間ってことは・・・その間で打ち上げに呼ばれたりする可能性もあるわね」
「確か、スペシャル番組の打ち上げが明後日とかに控えてなかったかしら?」
「あったあった。メンバー全員とスタッフでしょ?神宮寺さん来るのかしら?」
「あの人は来るでしょ。でも、女性の相手もあるから席外してばっかなんだけどね」
もうどうでもいいような気さえしてきた。私は仕事上の付き合いでしか神宮寺さんとは関わりあわないし、別に彼がどんな恋愛をしていようと関係は無いのだ。と、ふとポケットに意識が行く。私はポケットに触れて先ほどのことを思い出した。指輪だ。この指輪を早く返したいのだ。私は談笑をタイミングを計って抜けて少し離れたところにある自動販売機でブラックコーヒーを買って近くのソファーに腰掛けた。そしてポケットから指輪を取り出す。指輪はすごく高価そうだった。これを神宮寺さんにプレゼントをした女性はきっと神宮寺さんのことが大好きでいつもそばにいたいと思っているのだろう。彼に何人もの女性がいることは知っているのだろうか?そんな虚しい恋愛、私には到底出来ない。大人数と同時に愛し合うなんて不可能といっても過言ではないだろう。でも、そんなことを神宮寺さんは簡単にやってのける。私よりも1つか2つしか上じゃない彼、でも男性は実際年齢よりも精神的年齢はかなり若いと言われているし、だとすると神宮寺さんは・・・。
「あれ?レディ、まだ休憩中なの?」
と、後ろで聞き覚えのある声がした。振り返るとそこには神宮寺さんがいた。私は慌てて腕時計に目をやる。しかし時間はまだ終了予定時刻よりも早い。きっと早めに収録が終わったのだろう。私は急いでポケットに指輪をしまって立ち上がった。
「収録、もう終わっちゃったんですか?」
「ああ、みんな一旦楽屋に戻ったよ。で、俺はここのブラックコーヒーを買いに来たわけ」
そう言ってポケットから財布を取り出すと自動販売機の方に歩いて行った。そして私が先ほど買ったブラックコーヒーと同じものを買う。すると彼は私の手にも同じものがあるのに気づいてふっと笑った。
「おそろいだね。レディも好きなの?」
「はい、ブラックコーヒーならこれが一番深みがあって好きなんです」
「俺も。これが一番好き」
そういって彼はブラックコーヒーを飲み始めた。そして少し飲むと息をついてどさっと豪快にソファーに腰掛けた。そしてその隣をポンと叩いて私を見つめた。私は仕方なくその隣に腰掛けた。
「収録、疲れたよ。アイドルに体なんて張らせるものじゃないね」
「あはは、でも体力あるでしょう?」
「あるさ。でも、こういうのはまた別の神経を使うというか・・・。はあ、まあでもこれで今日は仕事終わりだし、ゆっくり休むよ」
「ゆっくり・・・休めるんですか?」
私が不思議そうに尋ねると神宮寺さんは笑った。いや、だってどうせ寮に帰るわけでもなく、女性の家に行って一晩泊まってからの仕事だろう。そりゃあ疲れをとる時間だって無いはずだ。
「あはは、俺はねレディたちと話してる時間が一番癒されるんだよ」
嘘なんじゃないかって思えてきた。初めて顔を合わせたときからなんだか疲れているような顔をしていたし、さっきも衣装合わせしている最中にふと神宮寺さんを見れば、彼は携帯を見ながら溜息をついていた。絶対疲れているに違いない。なんだか、見ていて痛々しい。そう考えていた私の顔が険しかったのか、神宮寺さんは私の頭を急にくしゃっと撫でてきた。
「そんな顔するなら、今晩俺をちゃんのお家に泊めてくれる?」
そう言った彼からコーヒーの香りがした。私は何も言わずに立ち上がって缶をゴミ箱へと捨てた。すると彼はやれやれといった表情で立ち上がり、残りを飲み干すとゴミ箱へ投げ入れた。
「うそうそ、今日は俺も寮に帰ります。明日、朝早いしね」
そう言って彼は歩きだした。私はそれが嘘か本当かなんて分からないのに安心してほっと胸をなでおろした。結局、関係ないとか言っていても大事な担当アイドルだ。元気な姿でいてほしいと思うのは仕事柄当然のことだろう。ふと、私は指輪の存在を思い出してポケットからそれを取り出した。そしてそれを神宮寺さんに差し出す。すると彼はそれを受け取って、はめるのかと思いきや、ポケットの中にしまった。
「え・・・」
思わず声がこぼれる。すると神宮寺さんはふっと笑った。
「やっぱり考えたんだけど、これは返そうと思って。向こうは本気かもしれないけど、俺は本気にはなれないから」
そう言った彼はなんだか悲しそうだった。けれど私は何も言えなくてただただ、そんな神宮寺さんを見つめていることしかできなかった。
あなたの笑顔は見苦しい
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120302