今日1日のスケジュールは終わり、私は事務所へと戻った。すると先輩が真っ先に駆けつけてきてくれた。その表情は興奮気味で私は少し戸惑った。きっとこんな小さな事務所だから国民的アイドルを担当するということ自体滅多に無いことだから先輩も気になっているのだろう。


「おかえり、どうだった?」

「いや、もうどうだったもなにも・・・」


私は何かを言いかけようとしたが自分でもその後に続く言葉が分からなかった。神宮寺さんと出会って今日は1日目。驚くようなことばかりで・・・、出会ったばかりなのに深い話を聞いてしまった。でもそれを話すわけでもなくて・・・一体私は何を言おうとしたんだろうか。私は首を横に振って、デスクに荷物を置いた。それを察したのか先輩は少し笑って私の肩を軽く叩いた。


「大変だったでしょう?スケジュール詰め詰めでスタジオ移動もあるし・・・」

「そうですね、ちょっと疲れました」


先輩はそっと私のデスクにコーヒーを置いた。私がお礼を言うと先輩は手を横に振って「気にしなくていいわよ」と軽く笑ってくれた。


「これから一週間、大変だと思うけれど頑張ってね。これ、一週間のスケジュールね。これから一週間は事務所に顔は出さなくても平気だから。ただ、何かあったらすぐに連絡はしてね」


そう言って先輩は自分の机へと向かった。私は椅子に腰掛けてスケジュールに目を通した。明日は神宮寺さんのラジオ収録からスタートして、その後メンバーと合流して音楽番組の収録、それからまた神宮寺さんだけ雑誌の取材、となっている。明日は今日よりもハードだ。しかもソロの仕事もあるので、他の先輩スタイリストさんもいないケースもある。私は予定を手帳に書き込んだ。ふと時計に目をやる。思ったよりもう遅い時間だ。私は淹れてもらったコーヒーを飲みながらほっと一息ついた。

神宮寺さんはもう寮についたのだろうか。私はそればかりが気になっていた。関係ないのに、とは思いつつも気になってしまう。こんな他人の事情に首は突っ込まない主義だったのに・・・。私はらしくないなと思いつつ再びコーヒーを口に含んだ。















朝、私はとあるラジオ局へと向かった。これから神宮寺さんのラジオの収録だ。私は早めにスタジオ入りして衣装の確認に入った。ラジオなら私服でも収録可能なのだが、神宮寺さんのラジオは違う。視覚的要素も取り入れているため、今日の神宮寺レンのファッションについて語るコーナーが番組内にもあることから、スタイリストと神宮寺レンがタッグを組んでコーディネートをしなきゃいけないとのことだった。今回の収録の分は事前に専属のスタイリストさんが神宮寺さんと話し合って決めたものを着ることになっているのでさほど心配はないのだけれど、この収録の後、次週のコーディネートの打ち合わせを神宮寺さんとしなくてはならないのだ。ちなみにここでコーディネートされたものは番組の公式ブログでアップされるため、迂闊なコーディネートは出来ないようになっている。まあとはいってもファッションに対して厳しい神宮寺さんがいるから、手を抜くなんてことには絶対ならないだろう。


「やあ、レディ。おはよう」

「おはようございます」


そうこうしているうちに神宮寺さんがやってきた。私は衣装を渡して着替えるように彼に促した。すると彼は髪を掻き分けながらすたすたと更衣室へと向かって行った。私はそれを確認すると、打ち合わせに使う資料に目を通した。どれも神宮寺さんが着たらびしっと決まりそうなものばかりだ。私はそれと前回までの資料を照らし合わせてコーディネートの大体のイメージを考え始めた。しかし、中々イメージが浮かばない。よく考えてみれば、出会って2日目のひとのイメージなんて中々ぱっと出てこない。私は少し唸って資料とにらめっこをした。すると更衣室から神宮寺さんが戻ってきた。相変わらず完璧な着こなして私は軽く確認をするだけで済んだ。と、神宮寺さんが私の机の上にある資料に視線を移した。


「それ、後で打ち合わせで使う資料?」

「はい。でも中々神宮寺さんのイメージが浮かばなくて・・・ありきたりなものにはしたくないし・・・」

「レディの感覚で俺に似合う服を決めて欲しいな。だから俺は今回一切口出ししなくていい?」

「え・・・」


どうしよう・・・。私が黙っていると神宮寺さんは軽く笑って私の頭をくしゃっと撫でた。


「君の選ぶ服を着てみたいんだよ」


そう言って彼は部屋を出て行ってしまった。相変わらずめちゃくちゃだ。
それでも私は彼の収録が終わるまでずっと机に向かってコーディネートを考えていた。








収録が終わって神宮寺さんが戻ってきた。もう私服に着替えている。コーディネートはある程度考えた。けれど、自信が無い。誰かに自分の考えたコーディネートで着こなしてもらう、ということは本来私にとってはすごく嬉しいことなはずなのに、今回は少し怖い、と思ってしまう。いつもならこんなこと考えずに、ある程度の自信を持って提供していたのに。神宮寺さんは私の向かいの席に腰掛けてきた。私は心臓がドキッと鳴ったのを感じた。そんなことを彼は知るはずも無く余裕そうな笑みを浮かべてこちらを見ている。


「で、決まった・・・?」

「これ・・・なんですけど」


私は恐る恐る資料を渡した。神宮寺さんの手元にそれが渡る。私はふと手元に目をやった。―あ、今日は指輪していない。やっぱり昨日の指輪は返したのだろうか。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。私は首を振って、意識を資料を読んでいる神宮寺さんに引き戻した。神宮寺さんは楽しそうな顔つきで資料をに目を通している。


「いいね、これ。俺、着るよ」


あっさりとした返事に私は思わず顔を上げた。すると神宮寺さんが頷いているのが見えた。


「え・・・」

「だから、これでいいんじゃない?俺、こういう系着たことないしチャレンジしてみるのも悪くないね」

「もっと全否定されるかと思いました・・・」

私は返された資料を握り締めて呟く。すると神宮寺さんは声を上げて笑った。

「君の中の俺のイメージってそんなんなワケ?」

「や、ファッションにはかなりうるさいと聞いていたので・・・」

「お、二日目にして言うねえ」

「や、人から聞いた話ですから!」


私が慌てて弁解すると神宮寺さんは「はいはい」と軽く笑って私の手から資料を取った。
そしてもう一度眺めて頷いた。


「うん。いいね、これ。早く着たい」

「ありがとうございます」


私はとても嬉しかった。こんなに冒険したファッションなのに、神宮寺さんが受け入れてくれた。と、神宮寺さんは何かを思い出したようにはっとした顔で私を見た。


「あ、でも。これ着て収録するときってレディが担当じゃないのか」

そうだった・・・。次の収録は丁度一週間後。そのころにはもう専属のスタイリストさんが戻ってくる。となると、私はこの服を着た神宮寺さんを見ることはできない。自分が手がけたものを最後まで見届けることができないのは少し残念だ。仕方ない、後で番組のブログを見るしかないな、そう思っていたら神宮寺さんの言葉に返事をせずにいた。

「レディ?もしかして、寂しいの?」





『あの人、基本的に来るものは拒まないし、女性に優しいから。『寂しい』って言えば誰でも抱きしめちゃうような人だから』

―昨日のスタイリストさんの言葉を思い出した。ここで寂しいって言えば、彼は抱きしめてくれるような人なんだ。きっとそれは私でもそうなんだ。私はなんだか心がぐちゃっと物音を立てたような官職に襲われた。そして再び彼の言葉に返事をせずにいた。



「レディ?」


と、神宮寺さんの手が私の手をぎゅっと握った。私ははっとして我に返り、その手から逃れるようにして手を離した。すると神宮寺さんは少し寂しそうな顔をしながら笑って「急にぼーっとしちゃって・・・大丈夫?」と尋ねてきた。私は小さく謝って資料に目を通す振りをした。

何で私はこんなことをぐるぐると考えているのだろう。
何で私はこんなにも彼を拒むのだろう。

彼が来るもの拒まず、だから?



























次の収録はメンバー全員との音楽番組収録なので、メンバーと合流しないといけないため、私と神宮寺さんはマネージャーさんの手配した車で一緒に移動した。しかし、移動中、私はなんだか神宮寺さんと話す気分にはなれなくて、窓の外をずっと見つめていた。それを察してか神宮寺さんも私に話しかけることはせずに、睡眠をとっていた。

私はぼんやりと景色を眺めた。と、ミラー越しにマネージャーさんと目が合った。


「貴方も大変ね、急にレンのスタイリストとはね・・・。今まで国民的アイドルなんて担当したことなかったでしょう?国民的アイドルの担当なんて敏腕スタイリストでも中々やらせてもらえないから、ラッキーって言ったらラッキーなんだろうけど。こんなにスケジュール詰め詰めだと体力的にもきついでしょ?」

「そうですね、車で急いで移動なんてしたことなかったです」


私がそういうとマネージャーさんは笑った。彼女の目線は神宮寺さんの方へと向かった。


「彼のこと、どこら辺まで聞いた?」

「え・・・?」

「きっとスタイリストさんたちが色々言ってたと思うのよ。ほら、女癖悪いこととか」

「ああ・・・」


またこんな話をするのだろうか、私は神宮寺さんをちらっと見た。気持ちよさそうに眠っている。昨日だって遅くまで仕事をしていたのだ。疲れているのだろう。私は再び前を見た。



「でも、貴方には勘違いして欲しくない。彼はね、とっても優しい人なの。自分のことを好きでいてくれるひとを突き放すことはできないし、大切にしてあげたい。そう思ってる。ただ、それがいかに残酷なことかってのを彼は知らないの。彼、自分から人を好きになったことが無いから」



そう、だったんだ。
私は見事に勘違いをしていた。いろんな人を惑わして翻弄して、女をお手玉のように扱って楽しんでいる、そんな風に思っていた。だけど、時折見せる優しさや悲しい顔を思い出せばすぐに分かったことだ。それなのに、私は勝手に神宮寺さんを憶測や噂で固めてみていた。アイドルとはいえ、私はファンと違って近くで彼を見ることができる環境に居る。なのに、私は―・・・。


「で、そのまま大人になっちゃったもんだから、私とても心配なのよね。このままだと、どんどん彼は墜ちていく。そんなところ私は見たくない。だから、彼が心から好きになれるそんな人が現れてほしいのよ」


本当に愛せる人・・・。

神宮寺さんが心から・・・。

私には想像がつかなかった。だけど、そんな神宮寺さんだからこそ自分から好きだと思える人を見つけることはとても大切なことなのだ。私は再び神宮寺さんの方を見る。と、神宮寺さんは頭を私の肩へとゆっくり乗せてきた。ふわっと甘い匂いが私に降りかかる。私は思わず声を上げそうになったが、彼の気持ちよさそうな寝顔を見ていると私は動くことができなかった。マネージャーさんはそれを見て優しく頷いた。


「神宮寺さん・・・」


私は小さく呟いて彼の気持ちよさそうな寝顔を見つめた。



一瞬だけ、彼が微笑んだように見えた。それはもう、無邪気な少年のようで。


全てが虚無へと還る真昼




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120304