メンバーたちと合流すると神宮寺さんはだるそうな顔をしながらも建物の中に入って行った。私はマネージャーさんと話したことが頭から離れなかった。けれど切り替えなければならない。私は神宮寺さんにばれないように首を横に振って考え事を振り払った。

衣装の確認をして神宮寺さんが衣装を着ている間、私は一十木音也直々に明日のスペシャル番組の打ち上げのお誘いをいただいた。私が行くことに躊躇いがあると伝えると彼は「レンが来て欲しがってたよ」と言った。そんなことあるわけない、そう思っていたらそれが顔に出ていたのか、彼は、

「ほんとですよ!昨日の収録前にその話してたときに『俺の一日だけのスタイリストのレディも呼びたい』って言ってましたし・・・、その後一週間に期間が延びたのを聞いたときも嬉しそうだった。だから、絶対レンはさんに来てほしいと思ってますよ」


と力説した。私はその押しに負けて「じゃあ行こうかな」と安易に言ってしまったが、よく考えると行ってしまったら、帰ってこれないようなそんな気がした。それは物理的に、だけではなくて論理的にも。明日、何かを越えてしまうような気がする。そして何かを失ってしまうような気さえしてくるのを感じた。


神宮寺さんが衣装を身にまとって戻ってくる。私は確認しようとして彼のそばへ駆け寄った。すると彼は私の顔を覗き込んで、私の動作を制止した。


「チェックする前に、俺の目を見て?」


そう囁かれてドキドキしながらも私はおそるおそる彼の瞳を見つめた。綺麗な色・・・、私はそれに吸い込まれそうになるのを必死でおさえながらもじっと見つめた。


「無理してない?さっきから元気ないね。ラジオ収録のときはまだ元気だったけど、それ以降。疲れたまってるんじゃない?」


「大丈夫です」


「じゃあ何で目を逸らすの?」


あ・・・。知らない間に目を逸らしていた。私はもう一度神宮寺さんをじっと見つめた。すると彼は笑って私の頭をくしゃっと撫でた。大きく逞しい手が降ってくる。


「よしよし」

甘い声でそう囁かれたからか、子ども扱いをされているような感覚ではなく、励まされている、ような感覚が私を襲ってきた。私はそのまま黙って俯く。すると彼は小さく「可愛い」と呟いた。私は恥ずかしさがこみ上げてくるのを感じながらも彼の衣装のチェックに入った。



























撮影が終わり、私は次のお仕事のため、神宮寺さんと二人で車に乗り込んだ。今度は雑誌のお仕事だ。神宮寺さんにはメンズブランドの新作を着こなしてもらうようになっている。これは、普段のお仕事とは違ってその場でメンズブランドの数百点とある服から私がコーディネートをしなければならないというものだった。私は車内で神宮寺さんとファッション雑誌を見ながら話し合いを進めていた。


「この色は今年きてますからね、やっぱり少し取り入れたいなあと思っているんですけど」

「そうだね、じゃあインナーをこの色にして・・・あーでもそうするとしっくりこないか・・・」

「ちょっと統一感が薄れてしまいますね・・・」


こうして服のこと考えていれば余計なことは忘れることが出来るんだ。私はそう思いながら資料に目を通した。と、神宮寺さんが笑う声が聞こえた。私が顔を上げると彼は私を指差して言った。


「そうそう、その顔。やっぱり洋服の話をしているときが、一番レディが輝いているように見えるよ」

「え・・・」

「よかったよ、元気になってくれて」


そう言って彼は資料を手に取った。二日しか一緒にいないのにまるで見透かされているようだった。きっとこんな風に女性を自分の世界へと引き込むのが得意なのだろう。と冷静に観察している自分がいた。けれど、私も本当は少し嬉しかった。そういう風に自分の好きなことが相手に伝わる感覚はとても心地よいものだから。神宮寺さんは本当に観察力がある。きっとそれは身につけるべくして身につけたものではなくて、生まれつき持って生まれた彼の才能なのだと思う。そして彼は優しいから、たくさんの女性が心を許してしまって、・・・それを拒まない今の神宮寺さんが出来上がる。きっとこれは自然の流れなのかもしれない。けれどこれが神宮寺さんの「人を好きになる」という気持ちを封じ込めてしまっているのも確かだ。だとすると・・・。

私が考えこんでいるといきなりおでこを指でとん、と軽く突かれた。私は吃驚して思わず神宮寺さんとの距離を置く。すると彼は笑った。


「また難しい顔してた。さっきから何考えてるの?」

「いえ・・・なんでもないです」


私はそれだけ言って雑誌を再び手に取った。




















スタジオに入ると、もうカメラ等の準備は完了していて後は神宮寺さんが来るのを待っているといった感じだった。神宮寺さんはもうすでに更衣室で着替えている。急いでコーディネートをしたので、色々と不安があるが、そうも言ってられない。と、神宮寺さんがスタジオに入ってくる。やはり着こなしは完璧。私は駆け寄って彼の服装のチェックに入った。

「これ、いいね。俺好き」

「ありがとうございます。ちょっと神宮寺さんにしては軽いイメージかなーと思ったんですけど」

「ううん、春らしくていいと思うよ」

良かった。気に入ってもらえたようだ。私はほっと胸をなでおろして神宮寺さんを再び見た。やっぱり、格好いいんだな・・・そう再認識した。確認が終わると神宮寺さんは撮影のため、カメラマンの集まりの方へと移動していった。



撮影が始まる。さすが神宮寺さん、もう本当にモデルのように顔やポーズが決まっている。色々な見たことの無い表情を見せられて私は少し胸が高鳴るのを感じた。


「いいね、レンくん!よし、じゃあ今度は遠くを見るような感じで」

「こうですか?」

「や、もっとこう・・・なんていうんだろう、好きな人を思って遠くを見る感じ」


神宮寺さんの表情を思わず見てしまう。すると彼は一瞬眉をひそめたが、すぐに笑って「俺好きな人いたことないから分からないっすよ」と言った。カメラマンが「またまたー」と笑う。私はなんだかちくり、と胸が痛むのを感じた。やっぱり本当にいたことないんだ・・・。私はぎゅっと持っていた資料を握る手に力を込めて、カメラの奥で笑う神宮寺さんを見つめた。




飲み込まざるを得なかった言葉



-------------------------------------
120305