撮影が終わり、私は神宮寺さんの好きな缶コーヒーを自販機で購入して彼の元へと持っていった。すると彼は嬉しそうに笑って「ありがとう」と言った。そして椅子に腰掛ける。私は静かにその隣に腰掛けた。今日の仕事はもう終わりだ。私は事務所に戻って確認しなければいけないことがあるため、この後事務所に向かわないといけないが、少しくらいゆっくりしていっても問題は無いだろう。

というより、なんだか神宮寺さんの傍をこのまま離れるのはなんだか腑に落ちなかった。あの撮影のとき、一瞬カメラマンの注文に眉を顰めた神宮寺さんが私は頭の中に強く残っている。でも、それだからといって先ほどのことを聞けるような立場でもない。このもどかしい気持ちを掻き消すには彼と少しでも話をして和らげることが一番なのだと思った。だから私はこうして神宮寺さんの隣で同じコーヒーを飲んでいる。


「珍しいね、レディが自分から隣に座ってくれるなんて」


・・・やはり気づかれていた。この人の観察力は鋭い。私のことを良く見ているのだろう。こんな風に自分から神宮寺さんの隣に座ることが珍しいことだとしっかりと認識している。私はそれに軽く会釈して缶を握る手に力を込めた。


「今日の撮影、注文が滅茶苦茶だったね」


私の心の中まで見透かしているかのように神宮寺さんはそう言った。私ははっとして彼を見つめる。するとその横顔はいつになく疲れている表情で、先ほどのカメラ越しの彼はそこには存在しなかった。私はそれにも中途半端な会釈しか出来なくて、ただ「はは・・・」と軽く笑うだけで精一杯だった。すると彼は話を続けた。



「恋人を思うように、とか、好きな人を浮かべて、とかあまりにもリアリティが無さ過ぎてどういう顔なのか分からないんだよね。それに、俺は俺にしかできない表情を見せたい気持ちがあるから、自由に任せてもらいたいところなんだけどね。まあ、仕事だからそういうことを言ったらダメだってことくらい分かってるけど。でも、そこだけは譲れないんだよね。今は、残念ながらそんなことを言える立場じゃないから言われたとおりにするしかないんだけど」


そう言って彼は笑ってコーヒーを口に含んだ。私は先ほどの神宮寺さんの表情を思い浮かべてみる。やっぱり、なんだか神宮寺さんの良さが全て出ている、という感じではなくて、ただ作られた神宮寺さんがそこにいるだけだった。それでも神宮寺さんの素材そのものの良さがあるため、格好良くは見えているのだけれど、そこに神宮時さんがいるか、と尋ねられたら頷きがたいものがある。でも神宮寺さんの言うとおり、国民的アイドルレベルだとしてもやはりまだ自分たちで仕事を選ぶこともできないし、偉そうなことなんて口が裂けても言えないのだ。特に神宮寺さんのようなタイプの人は自由にやらせてあげることで魅力も増すのだろうけども、やはり思い通りにいかないのがこの業界である。なんだか、神宮寺さんがたまに小さく感じるのもそれのせいなのだろう。


「まあ、これからも雑誌の仕事はあるだろうし、その恋人を思うような顔とか好きな人を考えているときの顔とか勉強しないといけないね」


そう言った彼は手元にあった雑誌を手にとりパラパラとめくっていた。そこには男性モデルが様々な表情を浮かべていた。神宮寺さんは「なるほどねー」と言いながらまじまじと見つめていた。







「神宮寺さんは・・・、人を好きになったこと、無いんですか?」

「んー?ああ、無いね」


思いきって質問したら、彼は雑誌から目を離さずそう言った。思い通りの答えだけれど、これほど胸が締め付けられるのは何故なのだろうか。私はその苦しさに耐えられなくなってコーヒーをぐいっと勢いをつけて飲み干した。すると神宮寺さんは雑誌をめくりながら口を開いた。


「俺はね、人を好きになったこともないし、恋人を作ったことだって無い。そりゃあ、昔からずっと女の子は常にたくさん周りにいるけど、俺が心から愛している人は一人もいない」


「・・・そうやって神宮寺さんのことを好きになってくれた女の子たちを好きだと、愛しいと思ったことは・・・?」


「・・・無いね」


私はその言葉が深く胸に刺さるのを感じた。私は思わず俯いた。これも思い通りの答えなのに。私は何故、こんなにも傷ついたような感覚に陥るのだろう。と、神宮寺さんが雑誌を閉じて残りのコーヒーを飲み干す。そして私の顔を覗き込んだ。コーヒーの苦い香りと神宮寺さんの甘い香りが混ざって、その香りが私の胸をより一層締め付けた。苦しい。


「なんでレディがそんな顔するの?レディは、俺のスタイリストでしょ?」


私はその言葉にさらに胸を締め付けられてしまってぐっと唇を噛んだ。思わず立ち上がってまとめておいた荷物とコーヒーの缶を(もちろん神宮寺さんの分も)持って部屋を出た。


















「俺がムキになるなんてね・・・」




この心に刺したナイフの先を、今も君が持っている



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120308