予測していたはずの答えなのに、私の胸にそれは深く突き刺さった。
事務所へ戻ると先輩が私を見るなりすぐに駆け寄ってきた。きっととんでもなく疲れた顔をしていたのだろう。「大丈夫?」と先輩は私の顔を覗き込み私の手からカバンをするっと取って、それを私のデスクまで運んでくれた。私は「すみません」と声にならない声でお礼を言って椅子に腰掛けた。
「なんだか、相当疲れているみたいね・・・つらい?」
先輩はそう言って私にそっとブランケットを差し出した。私はそれを受け取って、膝に敷いて微かに首を横に振った。すると先輩は溜息をついて私の頭を軽く撫でた。
「そんな疲れた顔で否定されても説得力、全然無いわよ」
私が黙り込むと先輩はもう一度溜息をついた。確かに肉体的疲労もある。けれど、それよりも今の私は精神的に深く傷を負っているような感じだ。それは、私にとって思いもよらないことで、正直驚いている。神宮寺さんが言っていることに間違いはない。私は神宮寺さんのスタイリストであり、それ以外の何者でもないのだ。その関係性は、仕事という脆い絆で結びついていて、仕事さえ終わってしまえばこの絆は最初から無かったかのようにぷつん、と簡単に切れてしまうものなのだ。それは私も分かっていた。多分、この仕事を引き受けた直後の私なら当然のことのように頭に入れておいたはずだろう。けれど、今。それがもう出来なくなっている自分がいる。その現実を突きつけられて、それを受け止めきれずにいるのだ。どうしてこうなってしまったのだろうか。
神宮寺さんの顔が頭に浮かぶ。それだけで胸がちくり、と痛む。私はいつの間にか胸元をぎゅっと握り締めていた。―苦しい。どうしてこんなに、締め付けられるのだろうか。
「?」
先輩の声で我に返った私は慌てて書類をカバンから取り出した。そしてそれを持って椅子から立ち上がり「コピーとってきます」とだけ言ってその場を立ち去った。
*
眠れないまま、一夜が明けた。私は重い足取りで更衣室へと向かっていた。と、後ろから名前を呼ばれる。振り返るとそこには四ノ宮那月さんがいた。私がお辞儀をすると彼は満面の笑みで「おはようございます」と返してくれた。私は思わずその笑顔にほっと胸をなでおろした。これがアイドルの笑顔の力か・・・。
「今日の飲み会、さんも来るんですよね?」
彼は私の顔を覗き込んだ。私が小さく頷くと彼は笑顔で「良かった」と呟いた。思わず、胸が痛む。本当は行きたくない・・・。けれど、もうメンバーや他のスタッフさんにも出席と伝えてしまっているし、今更欠席にするのも迷惑がかかってしまう。なんて考えていると、私と彼は更衣室へとたどり着いていた。彼は私の名前を呼んで心配そうにこちらを見ている。―いけない、仕事中だった。私は「すみません、ぼーっとしてました」と笑ってドアを開けて中へと入って行った。
今日の更衣室はいつもより賑やかだった。それもそのはずだ。彼らが早乙女学園時代にお世話になっていた同事務所のアイドル、月宮林檎も今日の番組に出演することになっているのだ。今まで中々教師と生徒が番組で共演することは少なかったため、メンバー全員は少し興奮気味で久しぶりのトークを繰り広げていた。
と、その輪の中から神宮寺さんが抜け出してきて、こちらへと向かってきた。私は無意識に身構えてしまい、思わず目を背けた。
「チェック、お願いしていいかな?」
昨日のことにも一切触れず、わたしが目を背けたことに対しても触れず、彼はそう言った。私は自分ばかりが気にして意識して馬鹿みたいに思えてきて、可笑しくなってきた。私は神宮寺さんを見上げ、チェックを念入りに行った。と、神宮寺さんのネクタイが曲がっているのが見えた。私は「失礼します」と言ってネクタイを直し始めた。すると、上から大きな彼の手が頭に降ってきた。そしてその手は私の頭をしっかりと、それでいて優しく撫で始めた。私は胸が痛むのと、鼓動が早くなるのを感じながらも必死に我慢しながらネクタイを直した。直し終えて離れると自然と私の頭を撫でていた手からの逃れることができた。顔を上げると神宮寺さんと目が合う。すると彼は微笑んで「行ってくるね」とだけ呟いて更衣室を後にした。
*
「あの子、初めてみる顔ね・・・レンちゃんの新しいスタイリストなのかしら?」
月宮林檎はぼそっと隣にいた一ノ瀬トキヤに耳打ちをした。すると彼は林檎の視線の先にいるを見て口を開いた。
「彼女は、レンのスタイリストの代理です。一週間、レンの担当をすることになっています」
「そう。大変なことにならないといいわね・・・」
「・・・どういうことですか?」
「あの子、きっとレンちゃんに恋してるわよ」
そう言って、しばらく林檎は彼女をじっと見つめていた。
重い想いが思わしい
----------------------------------------
120316