「合格した・・・」


合格通知を手にしたときの感動は、今でも忘れられない。
私にとって初めての「合格」だったのだから。








制服に袖を通した私はまっすぐ鏡を見つめた。いつになくしゃん、とした私が写っている。なんだか滑稽だ。笑えてくる。今日から私は作曲家を目指すものしての道を進んでいく。なんだかそんな風に言うと、すごく重みを感じたけれど、この学校に入れたからといって作曲家になれるとは限らないのだ。それは分かっている。

私は枕元にあったmp3プレーヤーを取り、イヤホンを装着した。この音だ、この音を聞かなくては1日が始まらない。目を閉じて深呼吸をする。外は綺麗な青空で、まるで私の入学を祝福してくれているかのようだ。


なんだか嬉しくなって、イヤホンをつけたまま私はカバンを取り、玄関へ向かった。


ピンポーン、

私が靴を履こうとするのと同時にドアのベルが鳴った。扉を開けると作業着を着た笑顔のまぶしい男性がこちらを見ていた。

「引越屋でーす」

「あ、今日はお願いします!」









引越の大体は済ませ後は業者に頼み、私は学校へ向かった。今日からは寮生活。どんな子と相部屋になるのか、とかどんな授業があるのか、とか期待で胸がざわついていた。不安も無いわけではない、友達が出来るか、とか、授業についていけるか、とか・・・。パートナーはどんな人になるのか、相性は合うかな?とか。

でも期待のほうが圧倒的に勝っていて、今の私は希望に満ち溢れている。
そんな感じなのだ。

自然と足取りも軽くなる。学校まであと少し。

時間に余裕を持って出たし、ちょっと早めに学校に着いてしまうだろう。
それでもいい、早く夢に近づきたい。


とにかく、早く、早く―










学校に着くと、新入生らしき人は見当たらなかった。
ちょっと早く着き過ぎたかな?

自分のクラスは分かっている。Aクラスだ。とりあえず教室に向かうことにした。教室で待っていれば誰か来るだろう。そうして教室までたどり着く。Aクラスという表札。私は深呼吸した。

ここがスタートだ!

思い切って教室のドアを開けた。



「わ!」


赤髪の男性が教室の机に座り、こちらを見て驚いた顔をしている。私は思わず固まる。・・・私より先に来ている人、いたんだ。彼は私が固まっているのを見ると、ゆっくりとこちらに歩いてきた。


「君、Aクラスの子?」

「は、はい」

「そっかあ、そうだよね。ここに入ってきたってことはそうだよね」

一人で納得して、彼は私に向かって手を差し出してきた。これは、握り返していいものなのだろうか・・・。私がじっとその手を見つめていると彼は笑った。


「俺、一十木音也。1年間、よろしくね」

です、よろしくお願いします」

とりあえず名乗って私は彼の目をじっと見つめた。
すると彼は困ったような顔をして念を押すように再び手を差し伸べてきた。


「握手!」

「あ、はい」

見た目よりもしっかりとした手で温かく、私の手をつかまえた。
もう一度顔を見つめると音也くん・・・と呼ばれた彼は少し照れたのか、目を逸らした。


「あの・・・さ、なんでこんなに早く学校来たの?もしかして君も歌をうたいたくて?」

「あ、いや・・・偶々早く着いてしまって・・・」

君も?ということは・・・。
そういえば、先ほど私が入った瞬間、彼は窓の外を見つめながら息を吸っていたように見えた。
これから歌うところだったのだろうか。だとしたらすごく失礼なことをしてしまった。
慌てて私が謝ろうとすると音也くんは笑って手を横に振った。


「大丈夫、あ、でも今から歌ってもいいかな?」

「え?あ・・・いいですよ」


この人どんな歌をうたうんだろう?
私は興味があった。やっぱりどんなレベルの人だとか、どんな声の持ち主だとか、
作曲家を目指す私であっても、このクラスにいる限り、クラスメイトの能力を把握したいとは思う。
私がじっと目を凝らして音也くんを見つめていると、音也くんは再び近くの机に座り、上を見上げて
大きく息を吸った。私はそれを見て思わず息を呑んだ。



音也くんが声を発した瞬間、私は世界に引き込まれた。
音也くんから視線を逸らせない。耳に届く声は明るく、力強い声。
歌に力が篭っているってきっとこういうことを言うのだろう。
それから、なんといっても表情。彼の笑顔は窓の外で照らし続けている太陽に負けないくらいまぶしい。


ふと歌っている音也くんと目が合った。
私は思わずドキッとした。



なんだろう、このドキドキ。
高揚感。


それから数分して、音也くんは歌い終えた。
歌い終えると机から降りて私の前に立った。


「どう、だった?」


少し緊張気味に音也くんはたずねてきた。
私は思わず感動して音也くんの手をがしっと掴んで
思いっきり目を見つめた。



「すごくっ、すごく素敵でした!」





私がそう言うと音也くんは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
でも本当のことだ。

これからこんなにすごい人と授業を一緒に受けていくんだ、
と考えるとドキドキは収まらなくなってしまった。
掴んだ手も離せない、というか離したくない。


「あ、ありがとう」


少し強引すぎたかな?と思い、照れ気味にはにかむ音也くんを見て
手を離した。それでもまだ鼓動はおさまらない。

ああもう、完全に、心を持っていかれた。







入学早々、私は彼の歌に一声惚れしてしまいました。


Abmarsch





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120121