ただ呆然とベッドの中から天井を見つめる。
痛みはもうおさまり、落ち着いている。ただ、音也くんの最後の少し悲しそうな顔が頭から離れない。

何も説明できてない、このままでいいのだろうか。

でも、こんな私情に彼を巻き込むことをしてもいいのかは分からない。


なんでことを考えているとうっすらと目に涙が浮かんでくるのを感じた。


・・・どうしよう、どうしよう。




と、ドアをノックする音が聞こえた。
私ははっとして涙を拭ってドアの方を向いた。


ちゃん、入ってもいい?」


その声は月宮先生だった。
私はベッドから身体を起こしてドアの方へと向かった。




ドアを開けると月宮先生が微笑んでいた。



「あ・・・」

「ちょっといいかしら?お話したいことがあるの」




























彼女の寮から自分の寮に戻るまでの道中が長く感じられた。


何をしているんだろう。一体・・・。


拳をぎゅっと握ってみる。何の意味もない。


引っかかるのは、彼女の苦しそうな様子と以前耳にした日向先生とリンちゃんの会話。



どうして、話してくれないのだろう。


まあでも出会って1ヶ月で他人の事情に首を突っ込むわけにもいかないだろう・・・。

でも、自分は彼女のパートナーだ。
ある程度のことは知っておかないと、いけないのかもしれない。

でも話すことを彼女が拒んでまで、話は聞きたくない。


なんて思考を巡らせながらふとポケットに手を突っ込んだ。
すると、何か紙のようなものがポケットに入っているのを感じた。
それをゆっくりと取り出す。するとそれは慌ててポケットの中に入れた楽譜だった。
ポケットの中に入れたから皺くちゃになっていて紙がよれよれになっている。






先ほど、自分がしっかりと歌いきれたときに彼女がすごく喜んでくれたことを思い出す。

あんな眩しい笑顔、初めて見たんだ。

自分が歌をうたって、あんなに眩しい笑顔を向けてもらったことは初めてで・・・



すごく嬉しかった。




これから頑張っていけるってそこで確信したんだ。






・・・」





























「あれからどう?良くなった?」

「あ、はい。もう大丈夫です」


私がそう言うと月宮先生は安心したのか深くため息をついた。
私はそれを見てシーツをぎゅっと握った。

もう、どれだけ迷惑をかけたのだろうか。



「ねえ、ちゃん」



月宮先生は私の頭をそっと撫でた。
私はその心地よさにふっと目を閉じた。


「まだオトくんにも話してないの?」


私ははっとして目を開け、月宮先生を見た。
月宮先生は少し困ったように笑って私の頭を撫で続けた。



「あなたがいつ声を出せなくなるか、私やシャイニーはいつでも心配している。それは、あなたの事情を知っているから。全部分かっているから。それを踏まえて心配している」



月宮先生の頭を撫でる手が不意に離される。
私は顔をゆっくりと上げる。



「正直、あなたにパートナーという存在は重いと思った。だから、この学園にあなたが合格して、入学することになったと聞いたとき、私は不安で不安でたまらなかった。でも、あなたを教室で見たとき、そんな不安全部吹き飛んじゃったわ」



そう言って月宮先生は微笑んだ。


「だってあなた、笑顔が眩しいんだもん」


「え・・・?」


「あなたの笑顔は本当に眩しかったわ。アイドルに笑顔は欠かせないでしょ?だからアイドルコースでもよかったんじゃないかしらって思ったくらいだわ。でも、あなたは作曲家として、その笑顔で曲をたくさん作っていく、そのためにこの学園に入った。そうでしょ?私もあなたの笑顔を目の当たりにしたときに、もう絶対大丈夫だって確信しちゃったもの」


月宮先生が私の肩をそっと抱いた。
そして頭を片方の手でゆっくりと撫でた。


「そして、オトくんと出会った。オトくん、授業中も何度も何度もあなたのこと見てるわ。それはもう、本当に愛おしそうに、優しい眼差しで。あの子、私にこんなこと言ってきてくれたのよ」


「?」


「『リンちゃん、ありがとう。俺、最高のパートナーに出会えた』って」



その時、ずっと堪えていた涙が頬を伝っているのが分かった。
私はそれを拭おうとして腕をあげたが、月宮先生の手がそれを制した。



「オトくんは、あなたをただのパートナーだと思っていない。卒業オーディションまでの付き合いだなんてこれっぽっちも思っていない。あなたは彼の「最高」のパートナーであり、彼の大切な人なの。・・・ちゃんはオトくんをどう思ってるの?」


「わたし・・・は・・・」



初めて会ったときのあの歌声が忘れられない。
今でも鮮明に残っている。

音也くんはいつもそばで笑ってくれていた。
ギターを弾いて歌ったり、勉強を教えてあげたり、
常に隣で何かをすることが多かった。それがすごく楽しくて、嬉しくて。
もう、音也くんがいない日常なんか考えられないくらい、彼が私の中にある隙間を埋めてくれて・・・。


「音也くんが、だいすき、です・・・」


私がそうつぶやくと月宮先生は肩を抱く力を強めた。
そして大きく頷いた。



「そうよね、オトくんもきっとちゃんのこと大好きよ。だから、彼に少し話してみない?あなたのこと。怖がらなくていいわ、きっと彼なら全部受け止めてくれるから。ね?」


私は止まらない涙をシーツに落としながら大きく頷いた。
月宮先生が頭を優しく撫で続けている。私は精一杯の声を振り絞った。





「・・・はい」
































部屋を出て、職員室に荷物を取りに戻ると龍也がいた。
龍也はぶっきらぼうにコーヒーを差し出してきた。


「・・・お疲れ」

「疲れてなんかないわ、若い子たちのパワーを貰ってむしろ元気なくらいだわ」


そう言ってコーヒーを受け取ると龍也は鼻で笑って椅子に腰掛けた。
同じように自分も腰掛ける。



しばらく何も会話せず、ただ時計の音だけが響いていた。
と、観念したように龍也がため息をついた。



「・・・お前、何したんだよ」

「何って・・・ちゃんの部屋行ってお話してきただけよ」

「お前、女子の寮に入るなよ・・・いちおうお「やーね、私はいつだって乙女なんだから!」


そう言うと龍也は再びため息をついて頭を掻いた。


「ガールズトークよ、ガールズトーク」


コーヒーを一口、口に含む。
今日のはなんだか少し甘い。

龍也を見ると、彼は外に目をやりながら言った。


「あ、それ。今日砂糖入れといた」

「え?」

「・・・疲れてるんじゃねーかなって思ってよ。お前のクラス問題児ばっかりだしな」

「ふふっ、ありがとう、でもさっきも言ったように疲れてなんかないわ。大丈夫」

「余計なお世話、だったか」

「いいえ、すごく美味しいわ。今、とても甘いものがほしかったの」



そう言って再びいつもより少し甘いそのコーヒーを口に運んだ。


















月宮先生が部屋を出て行って、私はしばらく涙を流し続けていた。
そしてやっと今、落ち着き始めた。私は携帯を開いて、彼の名前を必死に探した。
名前を見つけ、発信ボタンを押そうとする。指がちゃんと動いてくれない。
私は首を横に振って、深呼吸をする。

大丈夫、


だって音也くんだもの。


それに・・・、





怖がらなくていいわ、きっと彼なら全部受け止めてくれるから。ね?




月宮先生がそう言ってくれたんだ。
大丈夫、絶対。絶対大丈夫だ。




私は思い切って発信ボタンを押した。

呼び出し音が耳に鳴り響く。


鼓動が早くなるのが分かった。
私はぐっと電話を持つ手に力を込めた。



ぶつっと呼び出し音が切れた。






「もしもし、音也くん・・・?あのね、話したいことが・・・あるの」


Da capo





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120207