空がもう真っ暗だ。
私は屋上へと続く階段をゆっくりと上った。
これを上りきった先には彼が待っている。


ここでまた迷いが生じてきた。


―本当に言って大丈夫なのだろうか・・・?


私はドアの前で立ち尽くした。



本当に、大丈夫なの・・・?


もしも、受け入れてもらえなかったら?




立ち止まっているとマイナスなことしか思い浮かばない。
私は首を横に振ってドアに手をかけた。
そして思い切って開ける。



5月とはいえ、夜は空気が冷たい。
ひんやりとした空気が私の頬を掠めた。






・・・」


名前を呼ばれてはっと顔をあげると、そこには音也くんがいた。
私は伏目がちに頷いて音也くんの方へと向かった。


「音也くん・・・」

「具合はどう?もう平気なの?」


心配そうに顔を覗き込んでくる。
私は黙って頷いた。すると音也くんは「よかった」と小さくつぶやいて笑った。
私はそれを見て胸がずきんと痛むのを感じた。

どうしよう、言えないかもしれない・・・。


私がそうして黙り込んでいると音也くんは私の肩をぽん、と軽く叩いた。



「焦らなくていいよ、話したくなったら話してくれればいいから。俺、待ってるから」


そう言って音也くんは座り込んだ。
私はその背中を見つめた。


・・・どうしてこんなに優しいんだろう。


そしてどうして今まで悩んでいたんだろう。

何を躊躇っていたんだろう。

こんなにも私を思ってくれて、大事にしてくれているのに、

どうして、受け止めてもらえないと思っていたのだろう。




音也くんなら・・・。



私は音也くんにすがるように座り、彼の大きな背中に手を置いた。




「あのねっ・・・音也くんに聞いて欲しい」



不思議と言葉があふれてくる。
私はその流れに身を任せて言葉を続けた。


「私・・・、両親が数年前に事故で亡くなったの。それがショックでしばらく失声症になって声が出なかったの。やっと声が出るようになって、親戚にお家に引き取られることになったんだけど、なんだかやっぱり、受け入れてもらえなくて、色々あって・・・。結局一人暮らしをすることになって。学園に入るまで一人暮らししてた。元々、私は作曲家を目指してたからこの学園に入るのが夢だった。そして、念願叶ってこの学園に入ることになって、音也くんと同じクラスになって、パートナーになって・・・」



それから・・・

言おうとすると涙が出てきて、上手く話せない。
私は俯いてぎゅっと音也くんの服を掴んだ。


伝えなきゃ。




「パートナーになって・・・、音也くんと毎日毎日練習してきた。本当に音也くんは優しくて、まぶしくて私の憧れで、一生ついていきたいって思った。でも、私・・・、音也くんが音程確認したいときとか、一緒に歌うときとか、歌えてなかったでしょ?・・・時々喉が痛むの。多分、まだ昔のことを引きずってる自分がどこかにいるからだと思うんだけど・・・。だから、これからまたああやって喉が痛みだしたり、もしかしたら、声が出なくなってしまうことがあるかもしれないの。それを、音也くんに言いたくて、私・・・」


気づいたら涙が床に落ちていた。
私は声を殺して彼の背中に手を置いたまま泣いた。

これでもう、全部言い切った。

色んな思い出が頭の中を駆け巡っているが、そんなことはもうどうでもいい。


もう、これでいいんだ―




と、私が俯いていると、音也くんが急に後ろに手を回して私の手をぐっと掴んだ。
そしてそのままその腕を引き寄せ、私が後ろから音也くんを抱きしめているような体勢になった。
私ははっとして音也くんの名前を呼ぼうとしたが、彼は「言わないで」とそれを制した。




・・・つらかったよな」



それだけ言って彼は私の手を握る力を強めた。
私は涙がぼろぼろと零れ落ちるのを感じながら鼻を啜った。



「俺も、施設で育った身だからすごくよくわかる。こうやって話すことってすごく勇気がいるよな。なのに、は俺に話してくれた。俺、今すごく嬉しい」


ゆっくりと音也くんの声が聞こえる。
鼓動がどんどんと早くなっていくのが分かった。
私はぎゅっと音也くんの手を握る力を強めた。そして黙って頷く。













「ありがとう」


そう言って一旦私の手を離した彼は私の方へ向きなおした。
顔を上げると彼は私の頬に触れた。



「こんなに泣いて・・・」


指で涙をなぞられる。私は首を横に振ってじっと彼の目を見つめた。


「大丈夫、伝えたいことが言えたから・・・」


私がそう言うと彼は力なく笑って私をぎゅっと抱きしめた。
鼓動がこれ以上無いくらいに早まっていくのを感じながらもその心地よさに目を閉じた。






























肌寒くなってきて、音也くんが「もう、戻ろうか」そう言って立ち上がった。
私たちは口数が少ないまま屋上を後にした。階段を下りる足音が反響している。
私は音也くんの後ろをついていくようにしてゆっくり歩いた。

と、音也くんが私の方を振り返った。そして微笑んで私の手を取った。私ははっとして顔を上げて
彼を見た。するともう彼は背を向けていて、表情が見えなかった。
私は繋いだ手をじっと見つめた。この手に触れるのは初めてじゃないけれどすごくドキドキしている。
温かさが心地よい。

と、彼は歌い始めた。
耳を澄ますとすぐにそれが課題曲だと分かった。


私はぎゅっと握る力を強めた。歌いながら彼が振り返る。
私が笑いかけると彼も笑って頷いてくれた。





















この人の歌をずっと作っていきたい



そう強く願った。




Amoroso



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120222