音也くんの歌はいつも心に響く。
それは前から思っていた。だけど、聞いていてこんなにも胸がドキドキしたのは初めてだった。
無事、歌い終えて音也くんはブースから戻ってきた。私は未だ興奮がおさまりきらず楽譜を握る手が震えているのを感じた。・・・すごい、今まで一番いい歌だった。私は音也くんと目が合うとなんだか恥ずかしくてより一層胸が高鳴るのを感じた。どうしよう、おさまらない・・・。
「オトくん、ちゃん!すごくよかったわ、もう最高!」
「やるなあ、お前ら。相当練習したんだな」
「ブラボーデース!」
先生たちが拍手をしてくれた。私と音也くんは顔を見合わせて笑いあった。すごく嬉しい。私たちはお辞儀をしてレコーディングルームを出た。少し廊下を歩いたところで音也くんは立ち止まった。
「よっしゃあ!!好感触!!」
音也くんは大きめの声でそう言いながら拳を突き上げた。私は大きく頷いて拍手をした。
「音也くん、すごく良かった。今まで一番良かったよ」
いざ、言葉にすると月並みな言葉しか浮かばない。どこが良かった、とかちゃんと伝えたいのに。けれど今はこういった抽象的な言葉しか浮かばないくらいに私も興奮していた。それでも私の言葉が伝わったのか音也くんは嬉しそうに微笑んで私の手を取った。
「のおかげだよ。本当に。ありがとうね!俺、やっぱり君とパートナーが組めて幸せだ!」
私は顔が熱くなるのを感じながらも音也くんの手を握り返した。
後でどこが良かったのか、ちゃんと詳しく伝えよう。
*
レコーディングテストが全員終了し、私は食堂でいつものメンバーと食事をしていた。音也くんはいつもよりも上機嫌で大好物のカレーライスを頬張っている。本当に嬉しそうだ。
「音也、えらくご機嫌そうじゃない。その様子だと、テストうまくいった感じ?」
友千香ちゃんが私に尋ねてくる。私は頷いてから音也くんを見た。音也くんと目が合う。すると彼は頷いてピースをしてくれた。私は思わず恥ずかしくなって慌てて友千香ちゃんの方を見る。
「う、うん。音也くんがすごく素敵に歌い上げてくれて・・・」
そう言うと音也くんはスプーンを皿の上に置いて身を乗り出してきた。
「ち、ちがうよ!がああやって一緒に練習してくれたからこそ俺は・・・」
「や、でもやっぱり音也くんの練習量が・・・」
「それはだって「あーはいはいはい、いちゃつかないの」
友千香ちゃんが頬杖をつきながら私たちを見た。私はいつの間にか音也くんのように身を乗り出していた。お互い目を合わせる。音也くんが少し頬を赤らめながら笑って座る。私もそれに続いてすとん、と再び椅子に腰掛けた。
「もう、あんたら二人で頑張ったおかげでしょ?イチャイチャするなら他所でやってよね」
「友千香ちゃん、イチャイチャなんて・・・「友千香」
遮るように友千香ちゃんがそう言った。私は首を傾げる。すると彼女は溜息をついた。
「その、友千香ちゃんってのどうにかならないの?あたしはって呼んでるわけだし・・・。あたし、に呼び捨てにしてもらいたいなあ」
そう言って私のことをじっと見つめる。そして友千香ちゃんは顔を近づけてくる。
「とっ・・・友千香・・・」
「よく出来ました!っ」
私が小さく呟くと彼女は満足そうに笑って音也くんを見た。音也くんは「なんだよ・・・」と少し怪訝そうに彼女を見た。すると彼女はにやりと笑って「なんでもなーい」と言って私をぎゅっと抱きしめた。
「お二人は本当に仲良しさんですねぇ」
「ああ。ここでが呼び方を変えることによってより一層距離が縮まったようにも見える」
音也くんの隣で那月くんと真斗くんが口々に言った。音也くんはそれをカレーライスを頬張りながら聞いているようだった。
「そうですねぇ、名前の呼び方が変わるとぐっと距離も縮まりますよねぇ」
「でしょー?」
そう言って友千香は私を抱きしめる手を強めた。私は嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが混ざって、俯いてただ黙っているままだった。
「そういえば、音也はのことなんて呼んでたっけ?」
と、友千香が音也くんの方を見た。すると音也くんは急に咽始めた。真斗くんが隣で「おい、大丈夫か」とハンカチを差し出していた。音也くんはそれを受け取らずにコップの水を全て飲み干して一息ついた。
「何取り乱してんの」
友千香がそういうと音也くんは顔を真っ赤にさせて「うるさいっ」と言った。
「で、音也はなんて呼んでるっけ?」
「・・・」
と、一瞬場がしん、と静まり返った。私は音也くんをじっと見つめた。思わず目が合ってしまう。いつもなら私が目を逸らすのに今日は音也くんが先に目を逸らした。
「えー、まだそんな呼び方だったの?」
「てっきりって呼んでるのかと思いました」
「意外だな」
周りの皆が口々にそう言うと音也くんは「うるさいなー!関係ないだろー!」と言ってもう一度コップに口をつけたが、入っていないことに気づきコップをそっとテーブルの上に置いた。・・・なんか今日の音也くん、うっかりさんだな・・・。と私がぼんやりと見ていると友千香ちゃんが急に私を腕から解放して、音也くんを指差した。
「じゃあ、今!今からって呼びなさい」
「え、今!?ここで!?」
「いいですねぇ、こういうことは早いほうがいいです」
「はお前のパートナーだ。名前で呼ぶくらいの仲になっておいたほうがいいだろう」
私は黙って音也くんを見つめる。確かに、私のことを音也くんは「」って呼ぶ。それに対して私は「音也くん」だ。私の方が少し馴れ馴れしいような気がする。それに・・・音也くんにって呼ばれてみたいな。
「えっ・・・と・・・」
音也くんはそう言って急に立ち上がった。なんだか私も立ち上がらなきゃいけない気がして私も立ち上がる。すると他の3人は「おおっ」と小さく唸っていた。なんだろう、すごくドキドキする。
お互いじっと見つめ合う。私の鼓動もどんどん早くなる。けれど、今日は音也くんの方がギブアップが早かった。私よりも先にそっぽを向いて崩れるようにして机に項垂れた。
「やっぱ無理・・・」
周りからブーイングが起きる。すると音也くんは項垂れたまま首を横に振って何も言わなかった。それを見た友千香は少し笑って小さく呟いた。
「まあ、ちょっと音也には荷が重すぎたかな」
私は心の中で少し残念がっている自分に驚いた。
Amabile
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120302