ついに、先月末に行われたテストの結果が張り出される日となった。汗ばむような陽気が続き、私は手にハンドタオルを握り締めながら廊下を駆けていた。前に音也くんの背中が見える。私はスピードアップしてやっと音也くんの背中に追いついた。男の子ってどうしてこんなに速いんだろう。
「音也くん!」
私がそう呼ぶと彼は振り返って「おはよう!」と笑顔で笑いかけてくれた。私はそれに大きく「おはよう!」と返した。天気がいいからか、それともテストの結果の発表のせいか私は心が弾んでいて気が大きくなっていたようだった。その様子はもちろん彼にも伝わっていて、少し不思議そうな顔で私を見た。
「元気だね、何かあったの?」
「天気がいいから、かなあ?」
「あ、疑問系なんだ」
「うん」
私がそういうと「なんだそれ」と笑って音也くんは私の肩を軽く叩いた。私が笑うと音也くんも笑う。と、音也くんは急に緊張したような顔つきになって私の方を見た。私はそれを見て首を傾げる。
「どうしたの?」
「レコーディングテストの結果って今日だよな?」
「うん」
「だよなあ・・・だよなあ・・・ああー緊張してきた・・・」
そう言って頭を抱える彼。私は「大丈夫だよ」と言って宥める。そうだ、絶対大丈夫だ。だってあれだけ頑張ったんだもの。それを裏切るような結果は出ないはずだ。大丈夫。
「そう、だよな。大丈夫だよな!よし、行こうぜ。目に焼き付けてこようぜ!」
そう言って音也くんは笑って走り出した。私は「待って!」と言うがその声は彼に届かない。けれど、一向についてこない私を不思議に思って彼は立ち止まってこちらを振り返る。すると「ごめん!」と言って彼はこちらへ戻ってきた。そして私に歩幅を合わせて歩き出した。彼のそういうところ、私がすごく素敵だなあって思う。私は「ありがとう」と小さく呟いて彼と歩き出した。
*
掲示板の前まで行くとそこは生徒たちで賑わっていた。鼓動が早くなるのを感じる。隣を見ると、音也くんもドキドキしているのがこちらにも伝わってきた。きっと私のドキドキも彼に伝わっているのだろう。
「ー!」
と、人ごみの中から友千香がやってきた。私は駆け寄る。すると彼女はピースサインを出して嬉しそうに笑っていた。
「無事、合格でした!」
「おめでとう!!」
私が声を上げると後ろから音也くんもやってきて友千香に「おめでとう!やったじゃん!」と言葉をかけていた。けれど、自分のことが気になっているようで目線が奥の掲示板に行っている。
「ちょっと大変だけど、早く見に行っちゃいな」
私も無意識に後ろの掲示板を気にしていたのだろう、友千香ちゃんはそう私のことをぐいっと掲示板の方へ押した。音也くんと目が合う。すると彼はすっと手を差し出してきた。
「人ごみではぐれちゃうかもしれないから、手、つなご」
「え、大丈夫だ「だーめ。何でか分かる?」
音也くんが私に尋ねる。私は首を横に振ると彼はにかっと笑った。
「はぐれたら、合格したときの喜びを分かち合えなくなるでしょ?」
そう言って彼は私の手を強引に引いて人ごみの中へ入っていった。私は一生懸命、彼の手を離さないようにしっかりと握ってついてゆく。最前列までやってきた。私は顔を上げて必死に名前を探す。
「あった」
音也くんが呟いたのが聞こえた。私は彼の指差す方向に視線を向ける。するとそこには『一十木音也・ 合格(90点)』と書かれていた。私と音也くんは顔を見合わせた。段々と顔がほころんでくるのが分かる。私たちは繋いでた手をぱっと離してハイタッチをした。
「やったー!合格だー!!」
「良かった、本当に良かった」
私は涙が出てくるのが分かった。それをそっと手で拭うと音也くんはそれに気づいたのか吃驚して「大丈夫!?」と覗き込んできた。
「頑張ったのが認められたみたいで、嬉しくて・・・」
涙が止まらなかった。初めて一緒に練習して試行錯誤してたどり着いた結果。きっと音也くんがいなかったらここまでくることは出来なかった。今まで本当にたくさん色んなことがあった。それがどんどん頭の中でぐるぐる巡っていく。
「、ほんとにありがとう。俺ひとりじゃこんなこと出来なかった。だから本当に感謝してる。それから、これからもよろしく!」
え・・・今・・・。
名前、呼んでくれた。
すごく感動的なことを言われているのに、私はそちらばかりが気になってしまってろくに返事も出来なかった。私が固まっていると音也くんはやっと気づいたのか顔を真っ赤にしている。
「え・・・と・・・」
音也くんが口を噤んだ。私はさらに涙が出てくるのを感じてもう一度手で涙を拭った。すると音也くんは「ごめんね!?ごめんね!?」と焦っている。いつもの音也くんらしくない。私は首を振って焦る音也くんの手をぎゅっと握った。
「ううん、ちがうの。名前で呼んでくれて嬉しくて余計に涙が出てきちゃっただけなの」
そう言うと彼は私の手をぎゅっと握り返して微笑んだ。
「これからもって呼んでいい?」
私が黙って頷くと音也くんは私の手を引きながら人ごみの中から抜け出していった。
*
「!音也!どうだった?」
「合格だったよ!」
音也くんが友千香にそう言って私の方を見て「ね!」と言ってくれた。離された手はまだ熱くて、私の鼓動も高鳴ったままだった。どうしよう、いろいろなことに対しての実感が沸かない。
「よし、これで全員合格だったな」
と、横から真斗くんがやってきた。その隣から那月くんも顔を出す。皆合格したんだ・・・。良かった。後ろから友千香ちゃんが抱きついてくる。本当に、今、幸せだ。と、音也くんが急に何かを思い出したように私の方を見た。
「次ってもしかして移動教室だった?」
「そうかも・・・あ!」
はっとして私は友千香や那月くん、真斗くんの手元を見る。みんなの手元には教科書がある。すっかり忘れていた。私は音也くんと顔を見合わせて頷いた。
「俺ら、教室に教科書取りに戻るから先に行ってて!、行こうっ」
「うん!」
そうして私は音也くんに続いて走ってその場を去った。
「・・・マサやん、那月、聞いた?」
「ああ」
「って呼んでましたね」
「なるほどね、やるじゃん。音也」
Brillante
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120305