いよいよ試験が3日後と近づいてきた。私は作曲の課題を無事終えることが出来て、筆記試験に集中することができていた。いつものように放課後は図書館で参考書とにらめっこをしている。今日は音也くんの姿が見えない。きっと他の試験の勉強でもしているのだろう。アイドルコースは実技試験が多いため、当日は1日を使って試験が行われる。一方で作曲家コースは実質試験は筆記のみなので午前中で終わることができる。それは私が試験を終えても音也くんはまだ試験中ということなので、パートナーとしてもその日が終わるまでは気を抜けないのである。

と、私の前に誰かが座った。はっと顔を上げるとそこには那月くんがいた。目が合うと彼は微笑んでゆっくりと腰掛けた。


「実習だったんですか?」

「はい、今はフリートークの実習でした。思ったことを言葉にするって難しいんですね。頭の中が真っ白になっちゃいました」

確かに、バラエティ番組とかで周りから話題を振られたときの反応はとても大切だし、言葉によって与える印象も異なってくる。それを考えるとある程度のフリートーク能力は必要なのかもしれない。そして、何よりなんでもできそうな感じの那月くんがこんなにも苦戦しているんだ・・・きっと相当難しいことなのだろう。

「あ、今はオトくんがフリートーク実習受けてますよ」


私が音也くんは・・・と心の中で思っているのをまるで見透かしたかのように彼は言った。私は自分の顔が熱くなるのを感じた。思わず俯く。それが可笑しかったのか、那月くんは声を上げて笑った。


「・・・実習、覗きに行ってみたらどうです?きっと喜びますよぉ」

「え・・・」

「Aスタジオですよ」


そう言って那月くんは教科書を開き始めた。私はそれを見て、立ち上がれずにはいられなくて、那月くんに小さく「行ってきます」と呟いた。するとそれは彼に届いていたみたいで、彼は顔を上げてにっこり笑って「行ってらっしゃい」と言ってくれた。






―彼に、会いたい。














急がないと、音也くんの番が終わってしまう。私はAスタジオに向かって駆けていった。こんなに走ったのはいつぶりだろうか―。そうぼんやりと考えているうちにAスタジオにたどり着いた。私はそっとドアを開ける。すると中から笑い声が聞こえてきた。じっと目を凝らすとその中に音也くんがいた。自分でも表情が明るくなるのが分かる。あんなふうに笑っている音也くんは久しぶりに見た。いつも机に向かって勉強している真っ直ぐな音也くんしか最近は見ていなかったからか少しドキドキする。笑顔が本当に眩しい。


そうこうしているうちに実習が終わったのか、音也くんは先生から何か指導を受けていた。もう少し見ていたかったな・・・なんて思ってその様子を見ていると、彼の目は真剣で真っ直ぐでそれでいて輝いているのがこちらからも分かった。私は思わずそれをじっと見つめてしまう。

先生の指導が終わったのか音也くんがこちらへと向きを変えて向かってこようとしたその時、目が合った。音也くんは吃驚して「わ!」と声をあげた。先生たちが一斉に音也くんを見る。すると彼は「すみません」と頭を下げてこちらへ駆けてきた。


!なんでここに・・・」

「音也くんの実習ここでやってるって聞いて・・・」


私がそう言うと音也くんは顔を真っ赤にして「那月のやつー」と呟いた。私はそれ見て思わず笑う。すると音也くんは恥ずかしそうにこちらを見て溜息をついた。


「まさかが来るとは思わなかった」

「ごめんね?迷惑だったかな?」

「いや、そんなことはないよ。ただ、ちょっと吃驚しちゃっただけ」

「・・・音也くんに会いたくなっちゃって」


私がそう言うと音也くんははっとしてこちらを見た。私は自分で自分の言ったことを振り返ってみて思わず恥ずかしくなって俯く。すると音也くんは私の手を握ってきた。


「もう一回!」

「・・・え?」

「今の、もう一回言って?」


彼の目はキラキラと輝いていた。でも、もう一回だなんて恥ずかしくて言えない。ただでさえ、とんでもないことを言ったと自覚してしまったのだから。私がぶんぶんと首を横に振ると音也くんは残念そうに「ちぇー」と言ってスタジオのドアを開けた。そして先に出て行ったかと思えば顔をひょこっとドアから覗かせて、

「でも、俺ちゃんと聞いたから!が『音也くんに会いたくなっちゃって』って言ったの」


と、彼はいたずらに笑った。私はさらに恥ずかしくなって「もう!」と言いながら音也くんを追いかけてスタジオを出た。



こんな風に音也くんと話せたの、なんだか久しぶりだな。


なんだかとっても、ドキドキして、嬉しくて、ずっとこうだったらいいのにって思った。
































テスト前日、私は今日返却日の本を返し忘れていたことに気づき、HRが終わってから教室に荷物を置いたまま図書館へ本を返していた。教室へ戻る途中、教室に忘れ物を取りに来た友千香に会って、私たちは談笑しながら歩いていた。

教室に入ると、当然のようにもう誰もいなく、私の机の上にカバンが置いてあるだけだった。それに少し違和感を覚えながらも私はカバンの中身を見た。


―楽譜が、ない。



さっき、確かに私は机に置いていた。カバンに戻した記憶はないし、現にカバンの中には無い。どこにいってしまったのだろう。じわじわと焦りがこみ上げてくる。私は唇を噛んで息を飲んだ。とりあえず、落ち着こう。



?もう、寮戻るよね?図書館もあとちょっとで閉館だし、寮で勉強しようよ」


友千香の声にはっと我に返って私は振り返った。でも、言えなかった。彼女は優しいから、こんなことを言ったらまた心配するだろう。それにアイドルコースの彼女は明日1日中試験だ。今から帰って勉強だってするはずだ、迷惑かけられない。私はわざと明るいような声で彼女に言った。


「用事あるから、先に戻ってて」


すると彼女は「あ、そう?じゃあ、後で」と言って手を振りながら教室を出て行った。扉の閉まる音がする。私は息をついて、もう一度カバン、机、ロッカーの中を必死に探した。けれど、楽譜は見当たらなかった。




「どうしよう・・・」


不安を掻き立てるその言葉を私は思わず小さく呟いた。


Calando




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120320