どれくらいの間、探していただろうか。教室内には無いようだ。だとしたら道で落としたのだろうか・・・、いや、でも楽譜を持ち歩いた覚えはないし、確かに図書館へ行く前までそこにあったはずだ。気がつくともう空は真っ暗で、私は机の上に置いてある携帯のライトがせわしなく点滅し続けるのを無視してもう一度自分の机の中を覗き込んだ。けれどそこに楽譜は無く、私は溜息をついた。と、携帯が鳴った。私はおそるおそる画面を見る。するとそこには音也くんの名前が表示されていた。


「―もしもし?」

、今どこにいるの?友千香が心配してたよ、寮に戻ってこないって」

「えっと・・・用事があって・・・」

「こんな時間に?どこにいるの?」

「それは・・・」


もし、ここで事情を話したら音也くんはきっと駆けつけてくれるだろう。でも、明日は大事な大事なテストがある。ここで話してしまったら音也くんの勉強する時間を奪ってしまうし、明日に支障が出てしまうかもしれない。私は首を横に振って、言った。


「ちょっと、月宮先生のところに行って勉強教えてもらってるだけだから、大丈夫だよ」

「・・・あんまり、遅くなるなよ?友千香には俺から言っておくよ」

「ありがとう、ごめんね」

私がそう言うと音也くんは少し笑ってから「じゃあね」と電話を切った。私は溜息をついて、携帯を握り締める。・・・嘘、ついちゃった。少しの罪悪感が残るけれど、これは仕方の無いことなのだ。私は再び教室内を探し始めた。






























、リンちゃんのところで勉強してるみたい。うん、だからもう少し待ってみて、帰ってこなかったらまた俺に連絡してよ。ちょっと様子見てくるから。うん、分かった。じゃあね」


携帯を置いて椅子に大げさに寄り掛かって息をつくとトキヤがそれを横目でちらりと見た。音也とトキヤの目が合う。


「・・・さんですか?」

「そうそう、全然寮に戻って来ないみたいで、寮で部屋一緒の子が心配しててさー。まあでもよかったよ、リンちゃんが一緒みたいだし」

「月宮先生・・・確か今日・・・」


トキヤは立ち上がってテーブルの上にあるリモコンでテレビをつけた。するとそこには月宮先生が映っていた。上には「生放送中」の文字が表示されている。トキヤはそれを確認してから音也を見た。音也は目を大きく見開いていた。


「え・・・これって・・・今、スタジオでやってるってこと?」

「生放送ですからね。そういえば、HRが終わったあと、慌てて学園を出て行ったのを見かけました。時間が押していたのでしょう」

「じゃあ・・・は・・・」

「少なくとも月宮先生とは一緒にいないでしょう。おそらく、音也には言えない事情があるのかもしれませんね」


そうトキヤが言ったとたん、音也は立ち上がって机の携帯を取ってポケットに入れた。そしてドアノブに手をかけた。


「音也?」

「俺、を探してくる」

そう言って彼は部屋を出て行った。トキヤは溜息をついて、リモコンでテレビを消して、ベッドの上に座った。




、ですか」
































もう、あきらめようと思い始めてきた。今から作曲をやり直すこともできるかもしれない、と思ったが肝心の五線紙も指定のものがあるため、それ以外の五線紙は認められない、ということを思い出して溜息をつく。月宮先生に事情を説明すればいい話だが、そうは言ってもこれは試験なのだ。簡単に受け入れてもらえるはずがない。

「どうしよう・・・」

目に涙が滲んできた。私は目を閉じてぎゅっと拳を握った。これで提出できなかったら、どうなるのだろう。音也くんと一緒に曲を作ることだってできなくなるかもしれない、優勝を目指すこともできなくなるかもしれない・・・。そんな考えばかりが頭の中をぐるぐると巡る。私は涙が頬を伝うのを感じてそっとそれを手で拭った。

と、教室の扉が開いた。私ははっとして振り返る。そこには音也くんが立っていた。

―どうして・・・。

私がそう心の中で呟いていると彼は私の方へと向かってきた。


・・・?」


近くに来て私が泣いているのに気づいて音也くんは大きく目を見開いた。私は音也くんを目の前に安心したのか零れ落ち続ける涙を拭うのに必死だった。


「どうして泣いてるの?ねえ、どうしたの?」


音也くんの心配そうな声に私は首を振るだけだった。すると彼は私の腕を掴んだ。


「俺に話して!」






彼は強く私に言った。今までこんな風に言われたことは無くて、少しびくっと体が震えるのが分かった。私はさらに涙が止まらなくなって、彼に「ごめんね」と謝り続けた。すると彼は「謝らなくていいから」と呟いた。


「謝らなくていいから、俺にちゃんと話して。


その目は真っ直ぐで真剣で、そらすことができなかった。私はおそるおそる口を開いた。


「楽譜が無くなっちゃった・・・」

「え・・・?」

「明日提出する課題曲の楽譜、無くなっちゃったの、確かに机に置いていたはずなのに、見つからなくて・・・」


私がそう言うと彼は小さく「そんな・・・」と呟いた。私は黙って俯く。


言ってしまった・・・。
また、迷惑がかかってしまう。


と、音也くんが私の手を引いた。私ははっとして顔を上げる。



「探そう。一緒に」

「え?」

「絶対、見つけ出してみせるから。探そう」


彼はそう言って握る手に力を込めた。


Affrettoso



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