当たり前だが、筆記試験は終了していた。
私と音也くんが教室に入ると、全員の視線がこちらに注がれていた。
友千香や真斗くん、那月くんが私たちの元へ駆け寄ってきた。

事情を話すと皆は溜息をついた。どうやら、心配で仕方が無かったらしい。
本当に申し訳ないことをしてしまった。


「でも、本当に良かったね。とりあえずこれで試験はパスなんでしょ?」

友千香がそう言うと音也くんはうーんと唸り始めた。
どうやら彼は今まで練習してきたのに実技試験を受けずにパス出来たことに対して
違和感を覚えているらしい。でも、確かにそうだ。あれだけ頑張っていたのに、
こんなことであっさりパスとは・・・音也くんならきっと納得しないはずだ。
でも、そういう姿勢がすごく素敵だと思う。


「一十木、月宮先生にお願いしてみたらどうだ?」

「うーん、そうだね・・・。そうしてみる!やっぱり、練習の成果は見てもらいたいしな」

「そうですよ、あんなに頑張ってたんですから」

「うんうん、そうだね。もそう思うでしょ?」


不意に話題を振られて私は思わずびくっとする。と、音也くんと目が合う。
私はなんだか恥ずかしくなってしまって俯き気味に小さく頷いた。


「・・・うん」

「そっか、じゃあ俺行って来るね」


音也くんはそう言って再び教室を出て行った。
と、思いきやすぐに戻ってきて私の元へやってきた。



「あ、は寮で待ってて!終わったら連絡するから」

「え?」

「さっきの課題曲、一緒に歌うんだろ?」


自分でもぱっと顔が明るくなるのが分かった。私が大きく頷くと音也くんも頷いて再び教室を出て行った。








「ふーん、なるほどねぇー」

と、友千香が私の後ろから顔を出してきた。私が吃驚していると、友千香は私をぎゅっと抱きしめてきた。

「音也ってばねー、本当に今回の件で心配してたんだからー」

「え・・・」

「朝だって『は俺の大切なパートナーだから』とか『また屋上で一緒に練習したいんだ』とか言ってたし、本当にのこと大事に思ってるみたいなのよ」

「そう、なんだ・・・」

もちゃんとそれに応えてあげないとねー?」


そう言って友千香は腕を緩めた。私は顔が熱くなるのを感じた。
音也くん・・・そんな風に言っていてくれたんだ。

なんだか、もう・・・感謝しても感謝しきれない。




























寮に戻ると疲れがどっと出てきた。
私はベッドへダイブした。ベッドの心地よさを改めて体感する。気持ちいい。
暫く目を閉じていると、睡魔が襲ってきて私ははっとして目を開けた。

―いけない、このままだと音也くんの連絡を待っている間に寝てしまう・・・。

ベッドから身体を起こして、私は楽譜をカバンから取り出した。

後で、音也くんに歌ってもらう、歌。

楽しみだなあ。

どんな風に彼が歌い上げてくれるのか、

どんな風に感じてくれるのか、


どれもどれも楽しみで仕方が無い。


なんて思っているとどんどんと楽譜に吸い込まれていくような感覚に陥った。
それがとても心地よくて、私はそっと目を閉じた。































「・・・っ、


誰かに名前を呼ばれて目を開けるとそこには友千香が立っていた。がばっと体を起こして時計に目をやる。・・・もう夕方だ。私は手に握られている楽譜を見た。―楽譜を読んでいたら急に眠くなってしまって・・・。と、ふと音也くんの顔が浮かんだ。慌ててポケットに入っている携帯電話を取り出す。するとそこには着信が一件、しかも音也くんから入っていた。私は急いで電話を掛け直す。しかし、何度コールしても出てくれない。・・・怒っちゃったのかな?急に不安になって、私は俯いた。


「そんな格好で寝てたら風邪引いちゃうよ?・・・あんた、よっぽど疲れてたんだね。まあ、色々大変だったしね・・・」

「試験・・・終わったんだよね?」

「うん。もーほんと大変だった。でも、全部出し切ってきた」

「そっか」


友千香は私の隣に腰掛けてきた。私は携帯をぎゅっと握り締めた。と、それを友千香が不思議そうに見つめてきた。私が何?と聞くと彼女は首を振ってから溜息をついた。



「あー、音也は多分・・・寝てるんだと思うよ。あんたと同じでかなり疲れてたみたいだし」

「あ・・・」

「試験終わって真っ先に寮に戻ったみたいだったけど、きっとそのまま寝ちゃってるんだろうね。大体、前日徹夜して、しかもその上丸1日試験だったその日の夕方にギターと歌の練習なんて、無理に決まってるじゃんね。もーほんと音也ってば何にも考えないで行動するんだから」


笑いながら友千香は後ろに倒れた。その振動が私にも伝わってくる。
私は友千香が気持ちよさそうに伸びをするのを見ながら口を開いた。


「・・・でも、私、音也くんのそういうところがすごく好きだなあ」


私がそう言うと友千香はがばっと身体を起こした。
そして私の目をじっと見る。その目は「続けて」と合図しているようにも思えた。


「今回も音也くんにすごく助けられたっていうか・・・、もちろん楽譜のこともそうなんだけど、気持ち的にも・・・音也くんのその真っ直ぐで一生懸命なところに助けられた部分が多くて・・・。私はそんな風には考えられないから、音也くんのこと尊敬してる」


「そっか・・・」

友千香はそう言って私の頭を優しく撫で始めた。


「だから私も、音也くんみたいになって、早く音也くんを支えてあげたいんだ・・・。・・・って、あれ・・・?なんか変なこと言ってるかな?」


なんだか友千香が笑っているように見えて、私はそう尋ねた。すると彼女は首を横に振って、私の頭を引き寄せた。


「ううん。・・・あんた、ちゃんと音也を支えられてるよ。自信持ちな」


その言葉がすごく嬉しくて、けれど私は何も返事が出来なくて、そっと目を閉じた。


























夜、私が机に向かって卒業オーディションのための作曲に取り掛かっていると、携帯電話が鳴った。出るとそれは音也くんで、胸が高鳴るのが分かった。どうやら、先ほどは友千香の予想通り、寝てしまっていたようだった。私も寝てたということを伝えると「おそろいだね」なんて笑ってくれた。

「・・・で、。今空いてる?」

「え?」

「さっきのあれ、歌いたいなあって。裏庭でなら大丈夫でしょ」

「音也くん疲れてないの?」


私がそう聞くと「さっき寝たから大丈夫!」と笑っていた。私が「じゃあ・・・」といいかけると、音也くんは「決まりね!じゃあ裏庭に来てね」と言って電話を切った。
電話を切った後、なんだかぼんやりとしてしまった。・・・今から音也くんと会えるんだ。

そう思うと胸がドキドキして、落ち着かない。
私は机の引き出しから楽譜を取り出して深呼吸をしてから部屋を出た。

















!」

裏庭にたどり着くと音也くんはもうすでに待っていた。
背中にはギターを背負っている。

「早いね」

「そんなことないよ!こそ、走ってきてくれたの?」


・・・バレてしまった。
あまりの嬉しさに、会いたさに部屋から走ってきてしまったのだ。
きっと髪の毛と呼吸が乱れているのを見て音也くんは気づいてしまったのだろう。
・・・ちょっと恥ずかしい。

私が黙って俯いていると、音也くんは笑って私の頭を撫でた。


「嬉しい」


その一言になんだかドキッとしてしまって私は固まった。
すると音也くんは声を上げて笑って「さ、こっち」と手を引いてくれた。







手を引かれてたどり着いた先は小さな広場だった。
ここはよく、楽器を演奏している人が使っている広場だ。
いつもなら夜もここで演奏をしている人がいるのだが、さすがに今日はテスト明けの夜だからか、誰一人いない。音也くんは辺りを見回して誰もいないのを確認すると、にかっと笑ってこちらを振り返った。


「誰もいない」


そう言って彼は手を離して、ギターを下ろし始めた。
私は楽譜を広げて、近くのベンチに腰掛けた。

音也くんも準備を終えると私の隣に腰掛けた。


「俺さ、卒業オーディションで歌う曲にさ、こういうリズム入れてみたいんだけど、どうかな」

そう言って音也くんはギターを弾き始めた。
音が心地よい。私は目を閉じてそのメロディーに耳を傾けた。
軽い演奏を終えると音也くんは私の顔を覗き込んできた。


「どう、かな?」

「すごくいいと思う。さっき、私も浮かんだメロディー書いてたんだけど、これなら上手く繋げること出来そう」

「ほんとに?・・・なんかそれってさあ、偶然のことだけど、嬉しいね?」

「え?」

私が首を傾げると音也くんは空を見上げた。

「全然違う場所で考えてるのに、それぞれが考えたメロディーがつながるって・・・偶然のことなんだけど、やっぱり・・・俺たちってパートナーになるべくしてなったっていうか・・・こういうことがあるのって嬉しいじゃん?すげー乙女チックなこと言うけど・・・運命なのかな、って思いたくなる」

「運命・・・」

「ちょ、ちょっと突飛すぎたかな?あはは・・・」


私があまりいい反応を出来ずにいると、音也くんは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
でも本当はそう言って貰えてすごく嬉しかった。
私だけじゃなかったんだ。この出会いをそんな風に思っていたのは。

私は手に持っていた楽譜を音也くんに差し出した。
彼は目を丸くしながらもそれを受け取ってくれた。



「これ・・・、朝言ってた課題の曲なんだけど」

「あ、ありがとう」

「よかったら、今、少し歌ってくれるかな?」


私がそう言うと音也くんは「ちょっとだけ時間頂戴」と言って熱心に楽譜を読み始めた。
音程を探る音也くんを隣に、私は空を見上げた。
空には無数の星たちが私たちを見守っているように輝いていた。


しばらくすると音也くんが「よし」と小さく言ったのが聞こえた。
私は視線を音也くんに移した。すると彼はにっこり笑った。


「・・・ちょっと所々外すかもしれないけど、聞いてくれる?」


私が頷くと音也くんは深呼吸をしてから歌い始めた。

・・・やっぱり。

私はこの歌声が好きなんだ。



課題曲を製作しているとき、いつの間にか音也くんだったら・・・なんて考えている自分がいた。そんな風に考えながら作った曲だからか、音也くんが今こうして歌ってくれて、初めて形になっているような気さえした。


自分で作った歌なのに、なんだかとても感動してしまう。

私は思わず目が潤むのを感じて、歌っている音也くんにばれないようにそっと手で拭った。


音也くんは楽しそうに、とても素敵な表情で歌を歌ってくれる。



・・・これだ。




自分の作った歌をこんな風に気持ちよさそうに歌ってくれる、だなんて生まれて初めての感覚だ。今までは課題曲を歌っている音也くんしか見たことが無かったが、今はちゃんと私の曲を歌っている。この上ない感動を今、私は味わっているんだ。


そう思うとなんだか色々な思いがこみ上げてきた。

と、歌が終わる。

ふっと夜の静かな雰囲気に引き戻される。


音也くんと目が合う。
私はどの思いから伝えたらいいか分からなくなって、とりあえず「ありがとう」とだけ、言った。すると音也くんは笑って「こちらこそ、本当にありがとう」と言ってくれた。




「・・・さて、作曲の続きちょっとやる?」

「うん、今の音也くんの声聞いてたらまたメロディー浮かんできたよ」

「ほんとに?」

「うん、あのね・・・」






もう、何から言ったらいいか分からないけど、


本当にありがとう。


他にもたくさん言いたいことはあるけれど、今はこれだけしか自分の言葉で伝えられないから


でも、いつか必ず


自分の言葉で伝えたいな。


Colla




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120615