テストの結果発表も終わり、いよいよ夏休みも目前に迫ってきている。じりじりと照りつけるような日差しと蝉の鳴き声が夏の始まりを告げているようで、幼い頃と変わらず私の心は日に日に弾むばかりだった。
「!夏は海行こうよー」
友千香が私の元にやって来て、旅行雑誌を広げ始めた。旅行なんて何年ぶりだろうか・・・。
私は友千香が嬉しそうにページをめくる隣でぼんやりと考えていた。すると彼女はそれに気づいたのか、私の顔を怪訝そうに覗き込んだ。
「、聞いてるー?」
「え、あ、ご、ごめん!」
「もー。旅行!絶対行くんだからね。メンバーは・・・私とでしょー?それから音也、マサやん、あと那月・・・このくらいでいっか」
何気ないタイミングで音也くんの名前が出てくると、それだけでも少し胸がドキッとする。
ここのところ、音也くんと目を合わせるのに頑張っている自分がいるような気がする。目を合わせると、なんともいえない感情に襲われて恥ずかしくなって、目をそらしてしまいたくなるのだ。けれど、不意に目をそらされたら音也くんだってよく思わないだろうし・・・そう考えて頑張って目を見るようにしているのだ。意識さえしなければ平気なのに、意識するとどうしても・・・一体これは何なのだろうか。
「ちょっと!」
と、不意に肩を叩かれる。私は吃驚して声を上げた。すると友千香は溜息をついて私をじっと見つめる。
「、最近変だよ?何かあった?」
「それは・・・」
「それは?」
私が返答に困っていると教室に音也くんが入ってきた。思わず目で追ってしまう。
すると隣で友千香が「なるほどねぇ」と意味深に言って、旅行雑誌を持って音也くんを呼んだ。
彼はそれに気がついてこちらへ向かってくる。
「が音也と旅行したいんだってさー!」
「え、ちょ、友千香!?」
「へ・・・?俺と・・・?」
「そう、が音也と!」
「ちょっとそんなこと言ってな「え・・・マジで・・・?」
音也くんがこちらを見る。私は胸が飛び上がりそうな思いで俯いた。
すると友千香が隣から私を小突いてきた。
「ねっ??」
「そんなこと言ってないのに・・・」
「なーんだ、そっか・・・」
音也くんは小さく笑ってそう呟いた。なんだか少し悪いことをしてしまったみたいだ。
けれど、どう言えばいいのか分からなくて、私はぐっと口を噤んだ。すると友千香が笑って、音也くんに雑誌を渡した。
「ちょっとからかいすぎちゃったね。で、マジな話、5人で旅行行かない?」
どうして私ってこんなに不器用なんだろう。
*
放課後、私は屋上へ行った。音也くんは・・・まだ来てないみたいだ。
テストが終わった次の日からこの場所での練習を再開させている。今ではすっかりこの時間が日常化していて、この時間になると自然と体が屋上へ向かっていくような感覚がある。
私は空を見上げて、今日の出来事を振り返った。
さっき、旅行の話をしていたときに音也くんに少し申し訳ないことをしてしまった。
なんだか自分が情けない。うまく切り返しができない自分に嫌気がさす。
後で、音也くんに謝らないと。
そう考えているうちに、音也くんが息を切らして屋上にやって来た。
「ごめん!リンちゃんにお手伝い頼まれちゃって・・・」
「ううん、大丈夫だよ。すごい汗・・・」
私がそう言うと音也くんはポケットからタオルを出して額を拭った。
そして私を見てにっこり微笑む。意識しないように、しないようにと何度も心の中で唱える。
「最近は夕方になっても暑いよね、屋上で練習出来るのもあと少しかもね」
「うーん、そうだね。そしたら、どっか別の場所探そう。なんなら俺の部屋でもいいし・・・」
と、音也くんがそう言いかけて、急に顔を赤くした。私もつられてなんだか頬が熱くなるのを感じて思わず俯く。
「あー・・・練習しよっか!俺、今日歌いたい曲あるんだよね」
「う、うん」
*
いつもより練習がうまくいかなかった。
どうしてかは分からない。
だけど、どこか二人とも上の空で。
きっとこんな日もあるのだろう、と思ったけれどなんとなく納得がいかなくて。
私は音也くんの後ろをとぼとぼとついていきながら、先ほどのことを謝るタイミングを見計らっていた。と、音也くんが不意に何かを思い出したかのように振り返った。私は思わずドキっとする。
「え、あ・・・吃驚させちゃった?」
「ううん、大丈夫」
「そう?・・・あの、さ」
音也くんはゆっくりと話し始めた。けれど、目線は私の方になんて向いていなくて、どこか遠くを見ているようだった。
「旅行なんだけ「ごめんなさい!」
旅行、というフレーズを聞いて咄嗟に謝ってしまった。
私ははっとして口元を覆って再び「ごめんなさい」と言った。
すると音也くんは声にならない声を出してその場のしゃがみこんだ。
「〜〜っ」
「え?え?」
「、どんだけ俺にダメージ与える気?ごめんなさいって・・・」
「え・・・?」
私も慌てて音也くんの前にしゃがみこんだ。そして音也くんの顔を覗き込んだ。
目が合う。けれど、今日は彼が先に目をそらした。ああ、目をそらされるってこういう感じなんだ・・・。
「あの・・・音也くん、私、さっきは音也くんと旅行したいなんて本当に言ってなかった」
「え?」
「だけどね、今、言うね。私、音也くんと旅行したい」
色々と端折ってしまったけれど、一番伝えたかったのはこれだ。私はじっと音也くんを見つめた。すると音也くんは顔を赤くして自分の顔を両手で覆った。
「ごめん!待って!俺、ちょー恥ずかしいじゃん、これ!」
「え・・・?」
「俺、あの時思った以上にショックで、ずっと放課後まで引きずってて、練習もろくに出来なくて・・・それでまたに迷惑かけて・・・仕舞いにはこんなこと言わせて・・・」
「え?え?話が読めな「わー!もうほんとごめん、ごめん!」
覆った手を離さないまま音也くんは謝るばかりだった。私はなんだか分からなくてその場でただ、音也くんを眺めているだけだった。と、音也くんが覆った手の指の隙間を少し空けて私をちらりと見てくるのが分かった。けれど、目が合うと、その隙間は閉じられてしまう。
「・・・」
再び隙間から音也くんが私を覗いて来た。
「え?」
「ほんとに・・・俺と旅行したい・・・?」
「え?」
「俺と旅行・・・したい?」
私が黙って頷くと音也くんは覆った手を離して、頭をくしゃっと掻いた。
「良かったあ・・・」
「音也くん・・・」
「ほんとに良かった・・・」
そこまで安心してもらえると思わなくて私は呆然としていた。
と、音也くんがこちらをちらっと見る。
「楽しみだね、旅行」
「うん、皆と旅行なんて夢みたい」
私がそう笑いかけると、音也くんは大きく頷いてくれた。
「絶対いい思い出になると思うよ!あ・・・そうだ・・・」
と、音也くんがポケットから紙切れを取り出して私に差し出してきた。
受け取って見るとそこには「早乙女神社夏祭り」と書かれていた。
私は音也くんの顔を見上げた。すると音也くんはにっこり笑って頷いた。
「約束したでしょ?2人でどっか行こうって」
「あ・・・」
「今週末、夏祭りがあるんだって。一緒に行かない?」
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