友千香に連れられ、私たちは浴衣を見に来た。色とりどりの浴衣が綺麗に並べられていて、目移りしてしまいそうだった。デザインもスタンダードなものから、浴衣とは思えないような奇抜なデザインまでたくさん種類があった。私が辺りをキョロキョロと見回していると、友千香は手招きして私を呼んだ。
「、これなんかどう?」
そう言って指差した先にあったのは、薄いピンク色の中に華が散りばめられている可愛らしいデザインだった。
「可愛いね、これ」
「でしょー?に似合うと思うんだけど、どうかなあ?」
友千香はそう言って微笑んだ。私は浴衣をじっと見つめる。これ・・・音也くんが見たらなんて言うのかなあ?褒めて・・・くれるのかなあ?
なんてぼんやり考えていると、友千香は私の顔を覗き込んだ。
「今、音也のこと考えてたでしょ?」
「へ!?」
「その反応はアタリだね!音也、こういう可愛い感じ好きだと思うよー?」
ニヤっと笑って友千香は私をじっと見つめた。
「さ、。どうする?」
*
「で、俺に何が聞きたいの?」
場所を変えよう、といっても校舎内だとどうしてもレンのファンの子がついてきてしまうことから、結局レンの部屋まで来てしまった。同室のマサが、俺とレンが入ってくるなり驚いていた。それもそのはず。レンとは知り合い程度のレベルだったのだから。
「珍しいな、一十木が神宮寺と話すなんて」
「あはは、ちょっとね・・・」
そうごまかしながらマサが置いてくれたお茶を少し口に含む。と、目の前にどさっと大げさな音を立てながらレンが腰掛けた。
「ちゃんのこと?」
不意に言われたその言葉に俺は思わず咽た。マサが心配そうな顔をして布巾を差し出す。俺はそれを受け取って口を拭ってレンを睨みつけた。
「なんで知って・・・「いや、想像つくでしょう。普通に」
「・・・っ」
「俺に相談するってことは、そういうことだろう?どうした?」
何でも見透かされているような感じがして俺は恥ずかしかった。俯いてぎゅっと拳を握る。そして覚悟を決めたように顔を上げてレンをじっと見つめた。
「明日の夏祭りに・・・行こうと思ってて」
「ん?ああ。あの、早乙女神社の夏祭りか。それで?」
「あそこのお祭りって最後に打ち上げ花火あるじゃん?レンならそのー・・・いいスポットとか知ってるかなあって・・・」
「一十木、とお祭りに行くのか」
マサが急に後ろから口を挟んできて、俺はさらに恥ずかしさがこみ上げてきた。けれどレンはそんなことは気にもせず遠くを見て「うーん」と唸っていた。
「ちょっと歩くけど、山の方行けば綺麗に見えるんだけどね・・・」
「ちょっと歩くくらいなら俺、全然構わないよ?」
「いや、イッキが構わなくても、レディが構うだろう?」
「へ・・・?」
どういうことだろうか。俺は呆けた声でレンへと聞き返した。すると彼は溜息をついてから突然手を叩きだした。
「イッキ、夏祭りといえば?」
「え?えーっと・・・カキ氷!」
「違う」
「え?んーと・・・焼きそば!」
「それも違う」
「ええ!?えーっと・・・カレーライスって売ってたっけかな・・・」
「どうしてそうやって食べ物ばかり・・・」
「ごめんごめん、お腹空いてて・・・」
俺がそう謝るとレンは溜息をついてからマサをチラリと見た。けれどマサも首を傾げていて、分かっていないようだった。
「どうしてこう、分からないかな・・・。夏祭り、レディってきたら次の単語くらい分かるだろう」
「え?・・・・・・あ!浴衣!」
俺がそういうとレンは大きく頷いた。そうか、浴衣・・・。は着てくると言っていただろうか。でも、もし着てきた場合あまり遠くまで歩かせるわけには行かない。山に連れていくなんてあまりにも酷すぎる。なんて考えていると、レンは俺の思考回路を読み取ったのか、頷いた。
「ね?レディはきっと間違いなく浴衣を着てくる。イッキのためにね」
「俺の・・・ために?」
が俺のために浴衣を着てくる・・・。何度もその言葉を脳内で繰り返して、そして浴衣姿の彼女を想像した。考えただけでもなんだか恥ずかしくなってくる。俺は首を横に振ってその妄想を掻き消した。
「そ。だから、レディのことも考えて場所は選ばないとね」
「うーん・・・、じゃあ他にいい場所ある?」
「そうだなー・・・」
*
「着付けは私がしてあげるから!明日ゆっくり時間かけてお洒落しちゃおうね」
お店を出るや否や、友千香は私にそう言った。
結局、友千香が見つけてくれた浴衣を購入した。私は手に握られた紙袋を見る。明日、これを着て音也くんと・・・。考えただけでも胸がはちきれそうになる。と、私が知らず知らずに不安そうな顔をしていたのか、友千香は私をじっと見つめてから私の肩をポン、と叩いた。
「大丈夫。私に任せて」
「う、うん」
「音也、が可愛すぎてテンパっちゃうかもねー。まあ、そうなったらそうなったで面白いけど」
友千香がくすりと笑って私の肩から手を離した。そして先を歩く。私もそれに遅れないように少し早足で彼女の元へと向かった。
明日、とても楽しみな反面、緊張と不安で押し潰されそうな自分もいる。
音也くんと出かけるのはすごく楽しみだし、彼のことはすごく好きなんだけれど、
でも、なんだか緊張してしまって、上手く話せないのではないかとか、つまらなくさせてしまったらどうしようだとか、そんなことばかりが頭の中をぐるぐると巡っている。最近、音也くんの目を見ることすらもまともにできないし、それが明日になったら直るわけもなくて、でも音也くんの傍にいたいと思う気持ちもあって・・・自分でも何を考えているのか分からなくなってきた。
「?」
考え込んでいた様子が鋭い彼女にも見られてしまっていたのか、不安そうな顔で覗き込まれてしまった。私は小さく謝って「なんでもないよ」と精一杯の返答することしかできなかった。
*
夕食を済ませ、寮に戻り私と友千香はそれぞれの時間を過ごしていた。彼女はファッション雑誌に目を通し、私は作曲の勉強に取り掛かっていた。夏休み中に大体の流れは完成させて、音也くんに練習してもらいたい。ノートを広げて、引き出しから音也くんから貰った歌詞の紙を取り出して机に置く。いつもの作曲作業スタイルだ。
と、携帯のバイブが鳴り響いた。画面を見るとそこには音也くんの名前が表示されていた。はっとして私は携帯を持って立ち上がり、部屋を出た。そして恐る恐る通話ボタンを押す。
「・・・もしもし?」
「?今・・・大丈夫?」
「うん、平気だよ?」
私がそう言うと音也くんは小さな声で「良かった」と呟いた。なんだか・・・電話するだけなのにドキドキする。何を言われるんだろう?明日のことかな?いろんな疑問が自分の中でものすごいスピードで生まれていく。
「明日のことなんだけど、17時に校門でいいかな?」
やっぱり明日のことだった。私は「分かった、ありがとう」と言って彼の次の言葉を待った。けれど、彼は中々話そうとしない。一体どうしたのだろうか?私はじっとその場に立ち尽くして受話器に意識を集中し、彼の次の言葉を待った。
「明日!楽しみだね!」
「え?うん、すごく楽しみだよ」
想像していたことよりも普通なことをを言われて、私は正直拍子抜けした。けれど、音也くんの声が聞こえてくるたび感じるドキドキは一向におさまらなかった。
「それと・・・今日、練習できなくてごめんね」
「あ・・・」
「後々やっぱり練習すればよかったーなんて後悔しちゃった」
「じ、実はね、私も今日用事があったから・・・」
「そうなの?」
私が頷くと音也くんは笑って「じゃあおそろいだったんだ!」なんて言ってくれて。私も力が抜けて思わず笑ってしまった。音也くんとのおそろい、これで何度目なのだろうか。
「そっかー。じゃあ今日はどのみち練習できなかったんだね。・・・あ!でも俺、個人練習してるからね?今もギター弾きながら歌ってたし。トキヤに『ちょっと静かにしてください』って怒られちゃったけど」
一ノ瀬くんの物真似を交えながら彼は明るく語ってくれた。私はなんだかそれが嬉しくて、聞かれてもいないけれど、自分の状況を伝えた。
「私も、作曲やってるよ。音也くんのくれた歌詞を見ながら考えてるよ」
「えー!?ちょっと・・・なんか恥ずかしいなあ。アレ、まだ持っててくれたんだ」
「音也くんが隣にいないときはこの歌詞見ながら、『音也くんはこういう人だったなー』って考えて曲を作ってるから」
私が言うと音也くんは「そう、なんだ」と小さく呟いた。何か、悪いことを言ってしまったのだろうか?私が不安になっていると音也くんが突然私の名前を呼んだ。
「ありがとう」
「え?」
「俺色々心配してたんだけど、の声聞いたら心配全部吹っ飛んでいっちゃった!」
「そう、なの?」
私が聞くと音也くんは大きな声で頷いてくれて。
なんだかその声に私も安心して、「こちらこそありがとう」と言った。
すると彼は「なんでまでお礼言うのさー」と笑ってくれて、胸がくすぐったくなった。
「じゃあ・・・そろそろ切ろっか」
「うん、また明日ね。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
音也くんの声を聞いてから私は携帯の通話終了ボタンを押した。
そして携帯を閉じてドアに寄り掛かる。一気に緊張が解れて、なんだか肩の力がすーっと抜けていくような感じがする。私は息を吐いてそのまま天井を見上げた。
音也くんの声を聞くと胸が苦しくて、辛くて、でも明日が待ち遠しくて、早く会いたくて。
色んな感情が混ざり合っている。
私は痛む胸の前で手を握り締め、小さく呟いた。
「どうしたらいいんだろう」
Movimento
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