予想通り、夜は眠れなかった。
私はゆっくりとベッドから起き上がって辺りを見回した。
・・・友千香がいない。私はスリッパを履いてカーテンを開ける。
夏独特の日差しが差し込んでくる。私は目を細めながらも空を見上げた。
雲ひとつ無い、空。雨が降らなくて良かった。
と、ドアが開く音がする。
振り返ると友千香が両手に袋を抱えていた。
「おはよ」
「おはよう、ずいぶん早起きだね」
「こそ。昨日あんなに遅くに寝たのに、よく起きれたね。やっぱり緊張して眠れなかった?」
そう言われて顔が熱くなるのが分かった。
私は黙って俯く。すると友千香は笑って私の顔を覗き込んだ。
「照れちゃって。アンタ本当可愛いね。色々用意してきたから、今日はめいっぱい可愛くしてあげるね」
「え・・・これ、どうしたの!?」
朝っぱらからレンに呼び出されて、音也はレンの部屋へ来ていた。
そして目の前にはにやりと笑うレンと1着の浴衣。
状況がよく掴めなくて音也はレンと浴衣を交互に見た。
「レディが浴衣着るのにイッキが浴衣着ないワケにはいかないだろう?」
「え・・・でも・・・これ」
「別に構わないさ、俺も今日はレディ達と夏祭り行くことになってたしね、ついでに頼んでおいただけだよ」
「・・・ありがとう」
「どういたしまして」
「今度何か、お礼するから!」
両手に浴衣を抱きしめて、音也はレンを見た。
レンは頷くとにっこり笑って音也の頭を軽くポン、と叩いた。
緊張していると時間が過ぎるのが早い。もう待ち合わせ時刻の30分前だ。
ある程度の仕度を済ませ、私はずーっと壁にかかっている時計を見ていた。
ドキドキがおさまらない。私はぐっと胸の前で強く拳を握った。
「、顔こわいよ」
友千香が笑って私に鏡を向けた。そこに映った私はとてつもなく怖い顔をしていて、
私も自分で笑ってしまうくらいだった。私は溜息をついて両手で頬をおさえた。
「もう、どうしよう・・・緊張してどうしたらいいかわからない」
「何でそんなに緊張するのさ?アンタたちいつも二人っきりで練習してるのに」
「うーん・・・でもそれとこれは違う気がするっていうか・・・改めて二人でどこかに行くなんてことしたことないから・・・」
「・・・それってさあ、」
友千香がそういって私の顔を覗き込んだ。至近距離に思わずどきっとして一歩下がる。
「音也のこと特別だって思ってるって証拠じゃない?」
「えっ・・・?」
じっと彼女の目を見つめる。
どういうことなのだろうか、だけど、胸の鼓動が先ほどよりも早くなるのを私は感じていた。
と、携帯が鳴る。私は吃驚して机の方を見た。友千香が溜息をついて覗き込むのをやめて私に電話を取るように合図した。私は机の上の電話をとると、ボタンを押して電話に出た。すると、声の主は予想通りで、音也くんだった。
「もしもし、?」
「あ!うん、どうしたの?」
「準備早く終わっちゃったんだけど・・・は準備終わってたりする?」
「んーと・・・」
心の準備が出来てない。私はちらりと友千香の方を見た。
彼女はこちらを見て大きく頷いた。私は再び電話を耳にあてがって口を開いた。
「終わってるよ?」
「おそろいだね!じゃあ、寮の前まで迎えに行くから、待っててくれる?」
「分かった」
私がそう返事をすると音也くんは電話を切った。
私はその場でしばらく固まっていた。と、友千香が突然私の背中をとん、と叩いた。
「ちょっと緊張しすぎ。アンタがこれから会うのはいつも隣で歌ってた音也なんだからね?
もっといつも通りに、笑顔で、ね?」
「うん、・・・友千香「さ、行った行った。音也足速いんだからすぐ来ちゃうって」
そう言って友千香はぐいぐいと私を押してドアの方へと押しやった。
「じゃあ、行って来るね」
「うん、絶対楽しいはずだから。ね?」
私は頷いてドアに手をかける。と、友千香が私の名前を呼んだ。
振り返ると満面の笑みで彼女は私を見つめた。
「今日の、すっごく可愛いよ。マジで」
寮の玄関を出ると、もう彼は待っていた。
わ、浴衣だ・・・。
音也くんの浴衣姿が初めてだったので、私はより一層鼓動が高鳴るのを感じた。
だめだ、やっぱり緊張する。
私はぐっと拳を握って前へ踏み出した。
そして、呼びなれた彼の名前を少し大きな声で呼んだ。
「音也くんっ、」
「っ!」
ぱあっと明るい笑顔で振り返ると音也くんは私を上から下までじーっと眺めた。
そして少し頬を染めて小さく呟いた。
「すっげー可愛い」
「え・・・?」
聞き取れなくて聞き返したのが悪かったのか、音也くんはより顔を赤く染めて咳払いをした。
「い、行こうか!もう向こうでお囃子の音が聞こえてきてるし」
「ほんとだ」
音也くんがくるりと向きを変えて前を歩く。
私はそれについていくようにして歩いた。
今日が素敵な、1日になりますように。
Forzando
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130106