神社に着くと、人が溢れかえっていた。
賑わう声、お囃子の音、全てが新鮮で、学校の中にずっと居た私たちにとっては感動的な光景だった。
今までずっと音楽のことをやっていて外を見ていなかったから、季節を感じることといったら天候や気温くらいで、こんな風に視覚的に季節を感じるられる日が来て、嬉しかった。

きっと音也くんも同じ気持ちなのだろう。
真っ直ぐに目の前の光景を見つめている。瞳はキラキラと輝いていて、まるで無邪気な子供のような表情だった。と、音也くんが私の視線に気づいたのかこちらを見る。思わず視線がぶつかり合う。


・・・どうしよう、いつも以上にドキッとする。

音也くんの浴衣姿、もう見慣れてもいいくらいなのにまだまだ見慣れない。
こんなに格好いいなんて・・・、でもよく考えたら彼はアイドル志望だし、格好いいなんて当たり前なのかもしれない。けれど、外の世界に出てきたからか、彼を客観視することができて、改めて彼を見るとやっぱり格好いい。

私がまじまじと見ていたからか音也くんは首をかしげた。私ははっとして謝ると音也くんはいつもみたいににかっと笑って神社の方を指差した。



「どこか行きたい所ある?」

「えっと・・・」































結局、何がやりたいとか全然浮かばなくて、とにかくたくさんの出店を回ろうということになり、
金魚すくい、射的、リンゴ飴、ヨーヨー釣りなど王道的なものは全てやった。

金魚すくいでは、2人とも下手だったので1匹も釣れなかった。けれど、音也くんは射的が上手くて、たくさんの景品を取ってくれた。それからしばらく歩いて、2人とも小腹が空いたので、リンゴ飴を買って、ヨーヨー釣りをやってみることにした。ヨーヨー釣りは、私は小さい頃から得意だったので、3つほど取れたけど、音也くんは隣で苦戦していて、結局1つもとれなくて、私が1つあげたらとっても喜んでくれた。

なんて、そんな風に楽しんでいて、行く前にあった不安なんてちっとも感じなくなっていた。
音也くんの隣にいつもいるけれど、こんな風に外に行くのは初めてで、私の目に映る音也くんもちょっぴり違って、なんだかとっても新鮮だ。

そして、何より今、この瞬間が楽しくて、ずっとこんな風に楽しかったらいいのに、なんて
ちょっと我侭なことも考えている自分がいて、驚いた。


と、不意に音也くんと目が合う。音也くんはにっこり微笑んでくれて、私もつられるようにして笑った。
すると音也くんは嬉しそうな顔をして空を仰いだ。

空はもうすっかり真っ暗で、夏の星座が瞬いていた。



「あ、のさ、ちょっと行きたいところがあるんだけどいいかな?」


音也くんが私の顔を覗き込んで尋ねてきた。私が黙って頷くと音也くんは向きを変えて、ゆっくり歩き出した。私もそれについていこうと向きを変えて歩こうとすると履きなれない下駄が足を引っ張って、うまく歩けなかった。足もちょっと疲れているのだろう。なんて少し手間取っていると、音也くんの姿が見えなくなってしまった。人が多いので、一瞬でも目を離すとはぐれてしまう。先ほどまではぐれずに歩けていたのが不思議なほどだ。私は少し早足で音也くんの進んだ方向へ向かった。きっとちょっと歩けば追いつけるだろう。けれど、音也くんの姿が一向に見えなくて、私は少し焦り始めていた。

・・・このまま、会えなかったらどうしよう。

と、そんな風に考えて俯いていると、上から声が聞こえた。

!ごめんっ、先に行っちゃってたよね?」

「音也くん」


よかった、会えた。
少し離れただけなのに、私の心はざわつきがおさまらなくて、今にも泣いてしまいそうなくらい不安だった。自分でもこんなに弱いとは思わなかった。私はなるべくその感情を表に出さないように、「下駄がちょっとね、慣れなくて」と呟いて笑った。すると音也くんは「ごめんね」と小さく呟いて、私の手をぎゅっと握った。はっとして音也くんを見上げると、彼は少し頬を染めていた。


「こうすれば、はぐれないから。絶対に」


そう言って音也くんは私の手を引いて進み始めた。
いつもより汗ばんでいる手に少しドキドキしながら、私は音也くんの背中を見ていた。


























神社を出てそのまま少し道を歩いて辿りついたのは小高い丘だった。
人気も無く、薄暗く少しひんやりとしていた。無意識に私は音也くんの手を少し強く握っていた。
音也くんはそれに気がついてこちらを向く。

「ごめんね、こんなところまで連れてきちゃって。足、痛くない?」

「大丈夫だよ」


音也くんがしっかり握ってくれていたから、ゆっくり歩いてくれたから、全然疲れなんて感じなくて、
私はそれよりも胸の鼓動を収めるほうに必死だった。こんな音が彼に聞こえてしまったら・・・恥ずかしい。

「この辺でいいかな」

音也くんは足を止めた。そして繋いでいた手を離し、空を見ると大きく頷いて、腕時計に目をやった。


「あと、3分か」


「え?」


「へへ・・・内緒!」


音也くんはそう笑って私をじっと見つめた。それに応えるようにして私は彼を見返す。


「これ取ってくれてありがとうね」


音也くんはそう言って私にヨーヨーを見せてきた。


「ううん、こちらこそ射的でたくさん景品とってもらっちゃって」


「もっといい物とってあげたかったなあ、なんてね。あ!俺、このヨーヨー大切にするから」


私は小さく頷いて、真っ直ぐなその瞳に顔が火照るのを感じた。
空が暗くて良かった。こんな顔を見られたら恥ずかしくていてもたってもいられなくなりそうだ。


と、音也くんが声を漏らした。

ドン、と音がするのと同時に、空が明るくなったのが分かって空を見上げる。
するとそこには大きな花火が打ちあがっていた。



「時間ぴったり」


音也くんはそう呟いた。


花火はどんどんと打ちあがっていく。
私はその轟音と共に空に煌く花火に軽く放心状態になっていた。

これを、見せるためにここまで連れてきてくれたんだ。



「これ・・・」

「そ、これ見せたかったんだ。俺」

「すごく、きれい」




私がそう呟くと音也くんは「よかった」と呟いて再び空を見上げた。
そして、さりげなく私の手をそっと握ってきた。




、あの、さ」



花火を見ながら、音也くんは私の名前を微かに呼んだ。
私はそれを聞き逃さなくて、音也くんのほうを見て、次の言葉を待った。
すると音也くんは花火から視線をこちらに移して、真っ直ぐな瞳で私を見つめてきた。
自分の心臓が破裂しそうになるのがわかる。花火のような鼓動に驚きながらも、私も応えるように
音也くんの目を見つめた。


「来年も、その先も、俺・・・、と一緒に花火見たいな」


「え・・・?」


私がそう聞き返すと、音也くんは顔を真っ赤に染めて首を横に振った。



「・・・卒業オーディション、絶対優勝しようね!」


そう言い直して、彼は自分で納得したのか、頷きながら再び目線を花火に戻した。




「・・・うん!




私は大きく頷いて握られた音也くんの手をもう一度ぎゅっと握り返した。


Agitato


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130106