こんなに幸せでいいのかなって何度も何度も思い返している。






本当に、音也くんとパートナーになったんだ。

月宮先生が説明をしてくれたけれど、そんなことはもちろん頭に入らなくて。
ただ、横目でちらちらと音也くんを見つめるだけだった。たまに音也くんと
目が合っちゃったりなんかしちゃって、恥ずかしくなった。

でも、本当に、すごく嬉しい。







昼食を済ませて、午後はクラス全員で校内見学をすることになった。
学園自体がすごく大きいのでちゃんと説明を聞いていないと分からなくなってしまいそうだ。
でも、私の周りには音也くん、那月くん、真斗くん、友千香ちゃんがいたので、皆でひそひそと
話しながら移動していた。グラウンドにたどり着いたとき、友千香ちゃんが私の袖を引っ張った。


「ねえねえ、っ。音也とペア組めてよかったわね!」


音也くんは那月くんと真斗くんと一緒にグラウンドの広さに圧倒されていた。
私は黙って頷くと友千香ちゃんは私の肩を軽く叩いた。


「音也がね、が席を決めてる間にずっとそわそわしてたからさ、あたし聞いたわけ。
『なんでそんなに音也がそわそわしてるの?』って。そしたらさ、あいつなんて言ったと思う?」

私が首を傾げると友千香ちゃんは私の耳元で囁くようにして言った。


「『がどの辺に座ったのかなーって気になってて・・・』って言ったんだよ!ほんとびっくりしたわ」


私はそれを聞いて顔が熱くなるのが分かった。
音也くん・・・そんなこと言ってくれたんだ。
私はなんだか嬉しくなって返す言葉が見つからなかった。


「なんか、最初あたしが声かけたときから気になってたんだけど、音也と仲いいよね?前からの知り合い?」

「ううん」

「じゃあなんであんなに仲いいの?初めて会ったようには思えなかったけど・・・」


私は朝の出来事を思い出した。
そう、あそこで初めて私は音也くんに出会った。
つい数時間前のことだから鮮明に思い出せる。また、頭の中で音也くんの歌声が流れた。


「朝ね、教室に一番に着いたと思ったら音也くんがいたの」

「え?」

「音也くんが歌おうとしたときに私が教室に入っちゃって、そこから自己紹介して・・・」

私が経緯を話すと友千香ちゃんは頷いてくれた。
そして音也くんの方へと視線を移す。私もそれにならって音也くんを見た。
那月くんと真斗くんにサッカーの面白さについて熱く語っている。その笑顔はほんとにまぶしくて、素敵だった。


運動も好きなのかな?


私はそんなことを考えながらじっと前にいる音也くんを見つめた。
と、隣で友千香ちゃんが私の脇腹を小突いた。私は思わず声を上げる。



、」

「へ?」

「これからいっぱいいろんなことあると思うけど、私はの味方だから。頑張りなよ?」


そう意味ありげに言って友千香ちゃんは私に笑いかけた。
私はその真意を汲み取ることが出来ず、ただただ首を傾げるしかなかった。











学校見学も終わり、HRも終了し放課後になった。
明日からは本格的に授業も始まる。早く寮に戻って予習しなくては。
そう思ってカバンに荷物をつめていると音也くんが私のところへやってきた。


っ、ちょっと時間ある?」

「え?」

「ちょっと、来てくれない?」

「うん、いいよ・・・?」


私がそう言うと音也くんは笑顔で頷き、向きを変えて教室のドアのほうへ歩いて行った。
私も遅れをとらないようにそれに続こうとしたとき、音也くんの背中に楽器ケースのようなものが
背負ってあるのを見た。・・・音也くん、楽器もできるの?それ何?
聞きたいこともたくさんあるけれど、私はぐっと我慢して黙って音也くんの後をついていった。











階段をたくさん上り、息が弾みだし、たどり着いたのは教室の屋上だった。
さっき、学校見学で一瞬だけ覗いた場所だ・・・。
私がドアの前で立ちすくんでいると、音也くんは前のほうへ歩いていって大きく伸びをしていた。
そしてこちらを振り返って手招きをする。

「こっちにおいでよ!風が超気持ちいいよ!」


私はそう言われて音也くんの元へと向かった。



ふわっと春独特の匂いがする。
私はくすぐったいようなその感触に思わず目を閉じた。

そして再び目を開けて景色を見渡した。
桜の木がたくさん並んでいて、グランドの周りが桜色一色になっているのが見える。

こんなに綺麗だったんだ・・・。

私はもっと近くで見たくなって手すりのほうまで歩いていった。
そして手すりに手をかけ、身を乗り出し景色を眺めた。



「ちょっと、そんなに身を乗り出すと危ないって!」

すると、音也くんが慌てて私の手をぐいっと引っ張った。
その拍子に私はバランスを崩し音也くんの胸に思わず飛び込んでしまった。
倒れる、かと思った。けれど、音也くんは私をしっかりと抱き止めてくれた。


時間がスローモーションになった気がした。
顔を上げると音也くんが私を心配そうに見つめている。
私は恥ずかしくなって、顔を俯かせた。
早くこの体勢を直したいのに、体が動かない・・・。


「大丈夫?」

「え・・・あ・・・」


私がしどろもどろしていると音也くんは笑って私の肩を持ってしっかりと立たせてくれた。
そして私の両肩をしっかりと掴んで目線を合わせてきた。


「あんな危ないことしちゃダメ。これ、パートナーとの約束な?」

私が黙って頷くと音也くんはにかっと笑って私の頭をくしゃりと撫でた。


「わかればよーし!さ、準備するかな」


そういって音也くんは先ほどまで背中に背負っていた楽器ケースから楽器を取り出した。
中に入っていたのはギターだった。私は黙ってそれを見つめる。すると音也くんがケースの中から
楽譜を取り出して私に差し出してきた。私はそれを受け取る。



「その歌、分かる?」


楽譜を見てみると上の部分に小さくタイトルが書かれていた。
これ・・・。


私が楽譜に見入っていると音也くんは私の隣から楽譜を覗き込んできた。


「知ってた?」

「うん・・・。この歌、私が小さいとき、お母さんからよく歌ってもらってた曲だ・・・」

「そうなんだ、じゃあ歌える?」

「・・・うん」


懐かしいな、この歌。
よくお母さんが私が泣いているときに歌ってくれたなあ。
私が懐かしんでいると隣で音也くんはギターの確認をしながら小さく「お母さんかあ・・・」とつぶやいた。
音也くんのお母さんはどんなひとなのだろう?
聞いてみようかな?

私が聞こうと瞬間、音也くんは「よし!」と言って私の手から楽譜をすっと取った。



「じゃ、歌おうか」

「うん!」



最初、音也くんは緊張していたのか、出だしを何度も間違えた。
けれどどんどんメロディが形になって、3回目奏でたときはもう完璧だった。
私がそれを見て拍手をすると音也くんは恥ずかしそうにしていた。


「さ、今度こそ歌うよ」

「うん」


そうして私たちは歌を歌った。
やっぱり音也くんの声はすごく力強くてよく伸びる。
私はそんなことばかり考えていた。


と、ふと喉に激痛が走った。


(っ・・・)


私は音也くんに気づかれないように喉元に手を当てた。


(まだ・・・完治したわけじゃなかったんだ・・・)


私はぐっと喉の痛みを堪え、笑顔で歌い続けた。
音也くんの声がもっと聞きたい、もっと一緒に歌っていたい

そんな必死な思いで。








なんとか痛みを我慢しつつ歌をうたい終えると音也くんは伸びをした。
私もなんとなくそれを真似てみる。


「やっぱり歌うって気持ちいーね!」

「そうだね、外で歌うと一味違うね」

普通に話すと痛みは感じない。
きっと先ほどの痛みは偶々のものだろう。
私はそう自分に言い聞かせていた。


それにしても・・・。

やっぱり音也くんの声は凄い。
聞いていて本当に力をもらえる。

ここはパートナーとして、この思いを伝えたい。


そう思い、私は音也くんのほうへ向きなおした。


「音也くん、」

「は、はい」


音也くんまで改まった態度で私のほうに向きなおす。



「私、音也くんの歌声やっぱり大好きです。力がもらえるし、本当に素敵だと思う。
1年間、私がパートナーとして音也くんの声を十分に発揮できるような曲を作るから、
頑張るから、これからも隣で歌っていてください」



私がそういうと音也くんはぷっと笑い出した。
真面目に言い過ぎたかな?私が首をかしげていると音也くんは私の頭を軽く撫でた。


「なんか、告白みたいっ。ありがとう、すっごく嬉しい。俺まだの曲聴いたこと無いけど・・・って、そうだよ!俺まだの曲聞いたことない!聞かせてよ!」

「あ、うん、明日には授業もあるし・・・」

「そうだよね、楽しみにしてる!・・・じゃなくて!!こちらこそ、が作った曲に俺が命を吹き込んで絶対絶対いいものにしてみせるから、だから一緒にデビューしような!約束!」


そういって音也くんは私に小指を差し出してきた。
私も同じように小指を差し出すと音也くんは明るい声色で指きりげんまんの歌を歌いだした。




「あの、さ・・・」


歌い終えると音也くんがぽつりぽつりと話し出した。
私はその声に耳を傾ける。



「席、隣になってこうしてパートナーになれたじゃん?俺、絶対あそこにが座ってくれるって思ってた」

「え・・・」

「朝、初めて会った時、俺があそこに座って歌ってたじゃん?もしかしたら、席替えのときにそれを思い出してくれてそこに座ってくれるかなあ、って」

「そう、なんだ・・・」


私は確かに音也くんを思い出してあの席に座った。
でも、音也くん自身がそんな風に思ってくれていたなんて思わなかった。
私はなんだか嬉しくなってしまって小さな笑いがこぼれた。
音也くんが不思議そうに私を見つめる。


「私、音也くんのことを思ってあの席に座ったよ」


私がそういうと音也くんは恥ずかしそうにはにかんで、黙ってしまった。
私もなんだか恥ずかしくなってしまって一緒になって黙る。





と、校内放送が流れる。
その内容は私たちに何も関係なかったけれど、この沈黙を破って私たちの背中を押してくれるようだった。



「そ、そろそろ寮に戻るか!」


「そうだ、ね!明日から授業あるし、予習しないといけないもんね」


「だよ、な!・・・え、予習?」


「明日の授業の予習。音也くんは、もう終わったの?」


「えーっと・・・」








夕焼けは私たちを見守り、優しく包み込んでくれているようだった。

Cantabile


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120124