「いやーほんとありがとね、


さっきとは打って変わって陽気な声で音也くんが言う。
私は笑いながら頷いた。


でも・・・。


「あのー・・・音也くん?」

「え?」

「なんで、私たちは屋上にいるのかなあ?」



私がそう尋ねると音也くんは二カッと笑った。
そう、一緒に勉強するはずだった。
一緒に勉強するなら椅子と机が揃っている図書館が普通だろう。

それなのに、今私たちは屋上にいる。




「だって、ここの方が俺集中できるし」


そういいながら音也くんはカバンからシャープペンシルを取り出した。
私は仕方ないなあと思いつつもカバンを開ける。と、カバンの中に先ほど音也くんがくれた
歌詞を見つけた。・・・これは、後で寮に戻ってからじっくり読もう。
そう思って歌詞の紙をカバンの奥へと押し入れた。


ー」


と、音也くんに名前を呼ばれて我に返った。
私は振りかえって音也くんの手の中にある音楽用語辞典を覗き込んだ。


「ここ、分かんなくて・・・どういうこと?」

「えっと・・・これは、ね」


私が説明しだすと音也くんは真剣に聞いてくれた。
真っ直ぐな瞳で辞典の中の文字を追う。


「ああ!分かった!なるほどねー」

そんな風に言ってすごく嬉しそうな顔をした音也くんは
いきなり私の顔を覗き込んでにかっと笑った。

、教えるのすっごく上手。先生になれるんじゃない?」

「そんなことないよ、音也くんが飲み込み早いからだよ」

私がそういうと音也くんはプッと噴出して私の頭を軽く叩いた。


「なんか、おかしい」


そう言って笑い続ける音也くんを私はただ呆然と見ることしかできなくて、
また、その様子がおかしかったのか音也くんはさらに笑い続けて。



―楽しいなあ。











結局あの後中々勉強に集中できなかった私たちだけど、なんとか重要単語だけは
音也くんに覚えてもらった。きっと大丈夫だろう。
私は寮に戻ってカバンの中身を整理した。


と、先ほど奥のほうにしまった歌詞の紙が目に付いた。
私はそれを取り出して小さな声で朗読した。

友千香ちゃんが朗読したときに「声に出すな」とは言っていたけど・・・
今は誰もこの部屋にいないし・・・いいよね。


なんて思いながら声で歌詞を追う。


なんて音也くんらしい歌詞なのだろう。

さっき読んだときもそうだったけれど、音也くんの選ぶ言葉はどれも心に響く。



私は普通の朗読をやめて、少しメロディに乗せて、歌うようにして歌詞を読んでみた。


即席で作ったメロディだから拙いが、先ほどのように普通に読むのとでは印象が全然違う。


―早く、作りたい。


明日こそ、作曲の授業がある。
音也くんに初めて曲を聞かせることが出来る。


精一杯頑張らなくては。



私は音也くんのくれた歌詞の紙をそっと引き出しの中にしまった。














朝、教室に入ると音也くんが私の方へと駆け寄ってきた。
私は不思議そうに首を傾げる。すると音也くんは手に持っていたプリントのようなものを
私の前に突き出した。



「じゃ、じゃーん!!!」

「えっ?」

「朝、再テスト受けてきたんだ。んで・・・合格してきましたー!」

「わあ、よかった!」


私がそう言うと音也くんは嬉しそうに私の手をとった。
音也くんの手が私の手をすっぽりと包んで、少しドキっとする。

音也くんは真っ直ぐに私を見つめた。



のおかげだよ、本当にありがとう」

「そんなそんな・・・」


私が謙遜しようとすると音也くんは首を横に振って笑いかけてきた。


のおかげ。あ、今日さ、授業終わったらまた屋上行こうよ」


「え?」


「ギター、弾きたいから。君も一緒に、来て欲しいんだ」



















「まさか、作曲の概念からやりだすとはねー」

「あはは、でも最初が肝心って言うし・・・」

「そうだけどさあ、俺、いつになったらの曲聞けるの?って感じ」



今日、作曲の授業は確かにあった。けれど、初回だからか作曲の概念や
作曲の方法の解説などがほとんどで実習はなかったのだ。
少し心配だからほっとしてしまったが、作曲家を目指す私がこんなことを
思ってしまうのはきっとよくないことなのだろう。


屋上の扉を開けるとそよ風が吹いた。
私たちは顔を見合わせて屋上へと足を踏み入れた。



「んーやっぱり、ここは勉強する場所じゃない!」


音也くんはそう言ってギターを下ろした。
私は笑いながらカバンを下ろす。



「さて、今日はねHAYATOの曲を弾こうと思っててね」

「いいね」


私がそういうと音也くんは笑って準備をし始める。
私は空を仰いだ。とても綺麗な色だ。吸い込まれていくような、そんな色をしている。
屋上から見る空はやはり格別だ。いつもの空よりも広く感じる。




私は気が付いたら昨日、音也くんの歌詞を参考に作ったメロディを鼻歌でうたっていた。
この間感じた喉の激痛は今は無い。そうだ、あれはきっと偶々だったんだ。

私がそんな風に思いながら鼻歌を続けていると音也くんはギターを準備する手を止めて
私の方をじっと見つめていた。目が合う。




・・・」

「え?」

の歌初めて聞いた!すげー綺麗な声。そのメロディって自分で作ったの?」

「昨日、音也くんに貰った歌詞にメロディつけてて・・・」

「えっ・・・メロディ、つけてくれたの?」



私が頷くと音也くんは嬉しそうな顔をしてはにかんだ。
思わずその表情にドキッとして私は視線を空に移した。




「なんか、俺ほんっとに今幸せ」

「え?」

「こんな素敵なパートナーに出会えて、ほんっっとに幸せ」



満面の笑みでそう言うと音也くんはギターを弾き始めた。
HAYATOの曲のイントロが聞こえてくる。




「これ、歌える?」


音也くんが私に尋ねる。私が頷くと音也くんは目で「一緒に」の合図を送ってきた。

Aメロに入り私が声を発すると再び鈍い痛みが喉を襲った。
私は思わず咳き込んでしまう。すると音也くんがギターを弾くのをやめ、私の肩を支えた。


「大丈夫?」

「ごめん、咽ちゃっただけだから・・・っげほっ・・・」


苦しい。

なんで?


色んな思いが頭を駆け巡る。
音也くんが心配そうにこちらを見つめる。

「音也くん、私音也くんの歌、聴きたい。私は聴いてるから歌ってくれる?」


私がそういうと音也くんは「そっか・・・」といいながら再びイントロの部分から演奏しはじめた。

私は喉元に手をやりながら音也くんの音色に耳を傾けた。









・・・なんで?


stringendo




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