ピアノを演奏し終えてふっと視界を前に戻す。
私は息を吐いておそるおそる真斗くんを見た。真斗くんは頷いて席を立ってこちらへ向かってくる。

「いい演奏だったな」

私はその一言を聞いてほっと胸をなでおろした。
私は軽くお辞儀をして真斗くんを見る。すると後ろから神宮寺さんが顔を出してきた。
そして優しく頭を撫でてくる。


「レディ、ピアノ上手いね。すごく心に響いたよ」

「あ、ありがとうございます」


私が躊躇いながらもお礼を言うと真斗くんがため息をついたのが見えた。
この二人は確か・・・寮でも同室で・・・ライバル同士だと聞いている。
これほどまでに全く正反対の二人なのに、さっきから真斗くんは怪訝そうな顔ばかりしているのに、
すごくお互いを分かってて、いい具合に刺激し合っている感じがする。


こういうのってなんだか羨ましいなあ。


なんて私が思っているとそれが顔に出ていたのか少しにやついた表情で二人を見ていたらしく、
真斗くんが不思議そうな顔で「?」と尋ねてきた。
私ははっとして「ご、ごめんね!」と謝って椅子から立ち上がり楽譜を取り、自分の席の方へ
戻ってカバンの中に楽譜をしまった。

外はすっかり暗くなっていて、もうそろそろ戻らないと、明日の課題も終わらないし、


それに―・・・


今日、一回も音也くんと練習していない。




、」


真斗くんの声がする。私ははっとして振り返ると彼はこちらに近づいてきた。
神宮寺さんはやれやれといったような顔でピアノのそばを離れなかった。



「・・・その、すまなかったな」

「え・・・?」

「一十木と練習があるのに、俺がのピアノを聴きたいといったばかりに・・・」

「い、いえ!それは全然、大丈夫ですよ」


なんだか申し訳なくなってしまった。
音也くんに対しても、真斗くんに対しても。

自分がこう、しっかりしてないばかりに・・・。


私は軽く二人に会釈をして教室を出た。



とりあえず、寮に戻ろう。


それから・・・


音也くんに連絡とったほうがいいよね・・・?











教室のドアが閉まり、真斗は神宮寺と二人きりになった。
神宮寺はため息をついてピアノを軽く弾いた。


「聖川の友達もピアノ弾くんだな」

「・・・ああ」

「レディのパートナーは誰?」

「一十木だ」

「音也か・・・」



そう言ってまたピアノを軽く弾く。
真斗はそんな彼を見つめ、返事を待った。



「・・・大変そうだな」




意味深な彼の言葉に真斗は首を傾げることしかできなかった。























寮に戻ると友千香ちゃんが雑誌を読んでいた。
私が帰ってくるのを見るなり駆け寄ってくる。


「おかえりー!遅かったねー」

「うん、真斗くんと・・・それから神宮寺さんにピアノ聴いてもらってて」

「そっか。・・・音也には連絡とった?」

「ううん、真斗くんが音也くんもピアノ聴いていく?って聞いてくれたんだけど、課題曲練習したいからって帰っちゃった」


私がそういうと友千香ちゃんはため息をついた。
そして私の両肩をがしっと掴んだ。


「あのねえ、


友千香ちゃんの目が私の目をとらえる。
私がぐっと息を飲んで次の言葉を待った。


「音也は少しでも長く、パートナーであると一緒に練習したかったみたいなの」

「え・・・」

「音也、すごくあんたのこと気に入ってるみたい。毎日あんたと話してるところ見てるとすごく嬉しそうだもん」



そうだったんだ・・・。
私は俯いて音也くんのことを思い出した。

毎日まぶしいくらいの笑顔を私に向けてくれていた。


それから、屋上での練習。


きっと、毎日楽しく頑張れているのは、音也くんのおかげなんだ。




「別に、あんたが悪いことしてるわけじゃないから何も咎めることはできないんだけどさ、・・・うーん、なんて言えばいいかなあ?あ!これだ」


友千香ちゃんはそういって私の肩から手を離した。
そしてにかっと笑って私の顔を覗き込む。



「音也がもし他の子と一緒に練習してたらどう思う?」

「え・・・?」

「んー、もっと極端に言っちゃうと、二人が毎日一緒にしてた時間があって、もうそれが毎日定番化してるとしよう。そんで、その時間に他の子と一緒にどっか行っちゃったりして、まして音也が楽しそうにしてたら。どう思う?」



私は必死に想像してみた。
音也くんと一緒に毎日屋上でギター弾いてて、歌って、作曲して・・・


それが当たり前になりつつあって・・・

でもある日音也くんが誰かとどこかに行っちゃって・・・


戻ってこなかったら?



そんなの、いやだ。



私は首を振って友千香ちゃんを見た。



「それはっ・・・ちょっと嫌かも」



私がそういうと友千香ちゃんは頷いて私の頭を撫でた。



「うんうん、そうだよね。多分、今の音也ってそんな気持ちなんだよ。あたしもあの程度であいつがああなっちゃうなんて思ってなかったからすごくびっくりしてるんだけど、やっぱりパートナーである以上はそういうところもあるって知っておくべきだと思う」


「そっか・・・」


「だから、。今すべきことは分かってるよね?」


友千香ちゃんがそう言ったとき、私はすぐに分かった。


早く、音也くんのところに行かないと。


私はドアノブに手をかけてから友千香ちゃんを再び見た。



「友千香ちゃんっ、ありがとう!」



私がそう言うとにっこり笑ってくれて、


「いってらっしゃい」



そう言ってくれた。

























ドアが閉まるのを確認して、友千香は携帯電話に手を伸ばした。











「・・・もしもし?今、そっち行ったよ。うん、・・・もうほんと純粋だよねー。あははっ。ま、あたしはそんなが大好きなんだけどね。うん、・・・さっさと仲直りしてよね?あははっ、んじゃバイバイ」




携帯を切って閉じる。


友千香はベッドにダイブして天井を仰いだ。





「なーにメモリあってんだか。バレバレだっつーの」






























いつもの道を早足で私は通り過ぎた。
階段も一段飛ばしで上り、やっとたどり着いた。


目の前には屋上の扉。


私はぐっと息を呑んで拳を握った。



大丈夫、思ってることを伝えるだけ。



ごめんなさい、ってするだけ。



私は覚悟を決めてドアを開けた。



音也くんがこちらを振り返る。
私は音也くんのほうへおそるおそる向かっていった。





「音也くん、あの・・・」



私がそう言い掛けると、音也くんは顔を赤らめて頭をくしゃっと掻いた。
そしてそっぽを向いた。


「あーっもうっ!」



らしくない声で音也くんが唸る。私はびっくりして一歩下がる。


「なんで俺、こんなに大人気ないこと言っちゃったんだろう。なんで俺、こんなにパートナー困らせてるんだろう」


「あのっ・・・おと「なんで俺・・・」








「こんなに焦ってるんだろ」






そう言って私を見つめた。

いつもよりも真っ直ぐな瞳に私は自分の胸がドキドキと脈打っているのが分かった。
思わず胸の前で手をぐっと握ってしまう。


音也くんはそんな風に真っ直ぐに私を見たかと思えば、急にくしゃっとした笑い方をした。
でも自嘲しているような感じで、なんだか見ていて心が痛んだ。


見ているだけなんて、出来なかった。






私は音也くんに近づいて、ぎゅっと手を握った。








「ごめんなさい!」



私は握る力を強めて続ける。


「毎日、放課後一緒に屋上でギター弾いたり、歌ったり、音楽の話してくれたり、授業も助けてくれたり、私のこと大事にしてくれてるのに、それを踏みにじるようなことしてごめんなさい。パートナーなのに、寂しい思いさせて、ごめんなさい。もっとちゃんと、私しっかりするから」


私がそういうと音也くんは目を丸くしながらこちらを見つめた。

・・・?」

「ごめんなさい」


もうこの一言しか出てこなかった。
あとは、目から少しずつ涙が出てくるのをぐっと抑えるのに必死で。

ここで泣いたら迷惑がかかる。


泣いたら、ダメ。


、顔あげて」


俯いている私を見て、音也くんはそう言った。
でも、中々私が顔を上げられずにいると音也くんは私の頬を包むように両手で触れ、目線を合わせてきた。

私は恥ずかしくなって目をそらす。

すると音也くんは申し訳なさそうに少し唸った。



「〜っ、ほんとごめん!俺すっげー我侭なことしたよね。マサとピアノ弾くだけなのに、それだけなのに、放課後一緒にいられないのかなって思ったら暴走しちゃって、寂しくなっちゃって・・・ほんと俺、無いわ・・・。最低なパートナーだよな。にこんな顔させるなんて」


「だ、大丈夫!私まだ泣いてないから!」


私がそう言うと音也くんは至近距離で私の顔をまじまじと見つめてきた。
今にもあふれそうな涙を必死に堪えている私の滑稽な顔を見て、音也くんは少し笑ってくれた。

「ほ、ほらね!泣いてない!」

・・・泣きそうじゃん」


私がそう言うと音也くんはやっといつものように笑ってくれた。
そしてぎゅっと私を抱きしめた。
私は突然の出来事にびっくりして音也くんの胸の中で硬直してしまった。



「えっ・・・と」

「俺、ほんとにがパートナーでよかった!もう絶対離さないからね、覚悟しててよね」

「音也くん?」

「もうぜーったい離さない!」




そう言って音也くんは笑って、抱きしめる手を強くした。
少し苦しかったけれど、それよりも自分の気持ちをちゃんと言葉に出来て、
音也くんに伝えることができた喜びの方が大きかった。






私は音也くんの胸の中で聞こえないくらい小さな声で頷いた。








「・・・うん」



Tempo primo




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